幻影
木々の隙間を縫うように、吹雪の中をひらひらと舞っている蝶の元まで辿り着くと、青い蝶は私の鼻先にそっととまった。
その途端に、私の脳裏に春祝の祭りの路地裏での風景が思い出される。
エレインさんを庇った私を、男たちが取り囲んでいる。
シェザード様が私を呼ぶ声がする。
ヴィクターが、私の腕を掴み、捻り上げる。
シェザード様が剣を抜く前に、ヴィクターは、シェザード様を嘲笑いながら私の腹を剣で突き刺した。
――視界が赤く染まる。
「今のは……、何……?」
まるで現実にそれが起こったような気さえする。
けれどそんなことは起こらなかった。
私はシェザード様に助けて頂いた。
軽く首を振る私の視界の先に、再び蝶が現れる。
鼻先にとまっていた青い蝶は、消えていた。
林の奥に舞っているのは、今度は赤い蝶だった。
私は赤い蝶の元まで駆ける。
手足の感覚は失せていたけれど、不思議と苦しくはなかった。
赤い蝶は雪原に美しい赤い粒子を舞い散らせながら、飛んでいる。
こちらに、こちらに、というように、先へ先へと進んでいく。
私はひたすらにそれを追いかける。
木々がまばらになり、林を抜けたことが分かる。
けれどその先には、何もない。
ただ白い世界が続いているだけだ。
赤い蝶は、青い蝶と同じく私の鼻先にとまった。
今度は――私は療養所のベッドの上にいる。
呼吸がもう止まりそうだ。
ヴィクターが私を撫でながら、嬉しそうに微笑んでいる。
――視界が黒く染まる。
「また……、なの……」
私はあの時命を落とさなかった。
シェザード様が助けて下さったからだ。
いつも、そう。
私はずっと、シェザード様に命を繋いでいただいている。
幻想から目を覚ました私が見たのは、紫色の蝶だった。
どこまでも続く雪原の先に、幻想的な色合いの蝶が飛んでいる。
今度は何が起こるのか、私は何となく気づいていた。
蝶の元へとたどり着くと、私は塔の夢を見た。
雪見台から落ちようとしている王妃様を救い、私の体は真っ逆さまに塔の下まで落ちていく。
視界が白く染まる――
これは、幻想。
ただの、夢。
けれど――白く染まった私の視界は、もう、元に戻らない。
雪の中に倒れた私の体の上に、雪が積もっていく。
起きなければ。
目覚めなければ。
そう思うのに、体が言うことをきいてくれない。
シェザード様に、会いたい。
一目で良い。
こんなところで――終わりたくない。
(目をさまして、私。起きて)
動かない私を、私の体を、叱咤する。
「……ルシル、……ルシル!」
遠く、私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
呼び声に、薄く目を開くと、銀色の狼が雪の中に佇んでいる。
「……ルシル、起きろ、ルシル」
ぼやけていた視界が、焦点を結ぶ。
泣きそうな、そして怒ったような表情をしているシェザード様の姿が、そこにはあった。
「……夢」
私が作り上げた幻影なのだろう。
蝶も、狼も、シェザード様も、全て。
「エド、会いたかった、エド……」
最後に見る夢は、とても、良い夢。
女神様の慈悲なのかもしれない。
私が微笑むと、シェザード様は苦し気な表情を浮かべた。
「行こう、ルシル」
力強い声が聞こえる。
ふつりと、私の意識はそこで途切れた。




