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留学



 クラリスは私の腕にくっつきながら「王都はやはり煌びやかですね、来年から学園に通えると思うと楽しみです。一人では不安なので、アンリに共に来るように頼んだのですけれど、怒られてしまいました」と苦笑交じりに言った。


「それはそうよ、クラリス。アンリは年の離れた兄のような存在かもしれないけれど、男性だもの。二人きりで生活となると、問題だわ。ジゼルに頼みましょうか」


「ジゼルはお姉様の側を離れないと言っていますよ。今もずっと城で働いているのでしょう?」


「ええ。ジゼルには、フラストリア家に帰って良いと言ったのだけれど……、カイザルさんにも会いたいでしょうし。……そういえば、クラリスには側付きの侍女がいるでしょう?」


「居ますけれど、フィオニアナは口うるさいのです。二人きりになったら、どんなにうるさくなるか、私は今から恐ろしくて……」


 クラリスは学園生活を想像したのか、やや青ざめた。

 クラリスの側付き侍女のフィオニアナは、とても真面目な女性だ。

 お母様がクラリスはお父様に似て少々大雑把なところがあると言って、生真面目なフィオニアナを侍女に選んだのである。

 確かに良く怒られているところを目にした記憶がある。


「侍女に怒られるようなことがあるのか?」


 シェザード様が不思議そうに言った。

 クラリスは何故か少し得意げに胸をそらせた。


「お姉様は怒られたりしませんよ! 私のお姉様は、淑やかで、女性らしくて、立ち振る舞いも優雅な完璧に美しいお姉様ですから。お兄様もよくご存じの通り」


「クラリス、恥ずかしい……」


 私は先ほどのお母様の気持ちを再び味わった。


「あぁ、そうだな。ルシルは美しい。クラリスの言うとおりだ」


「シェザード様……、その、あ、ありがとうございます」


 シェザード様が戸惑いもせずに同意してくださるので、更に恥ずかしくなってしまい、語尾が小さくなってしまった。


「そうでしょう、そうでしょう。ところが、妹である私はお父様に似てしまったらしくて。この間は、川で魚を捕まえて、夕ご飯にしましょうと意気揚々と持ち帰ったら、それはもう怒られてしまいました」


「釣りが駄目なのか」


「釣りぐらいは、良いのではないの?」


 私とシェザード様の声が重なる。

 クラリスはにっこりした。


「まぁ、息ぴったり。釣りではないのですよ。カイザルに教わって、棒つきをしたんです」


「ぼうつき?」


 耳慣れない単語だった。

 鸚鵡返しに私が尋ねると、クラリスは私の腕から自分の手を離して、両手を広げた。


「このぐらいの棒の先に、矢じりのようなとがった先端をつけるのです。それで、えいや、と川の魚を突くわけです」


「今は川は凍るでしょう?」


「凍った川の下に魚が居るのですよ。こんなに大きい虹色マスを捕りました。それを棒の先端にくくりつけて、こう、棒を担いでフラストリア家に戻りましたら、ぴしゃり、と怒られてしまいました。カイザルと一緒に、廊下に立っていなさいと言われて。まぁ、立ちましたね」


「カイザルさんも一緒に立っていたのね……」


「それは、かなり厳しいな」


「そうでしょう、そうでしょう。だから、怖いのです。ジゼルの方がずっと優しいですし、アンリの方がもっと優しいのですよ」


 クラリスが悩ましげに言った。

 その様子が愛らしくて、それから廊下に立たされているカイザルさんとクラリスの様子を想像してしまい、私は口元に手を当ててくすくす笑った。


「棒付きとは、銛のことですね」


 私たちの会話に、涼しげな声が混じる。

 視線を向けると、ノア様がいつの間にか側に来ていた。

 臣下の礼をとってから顔をあげたノア様は、いつもながら派手な印象だった。

 服装が派手というわけではない。白を基調とした騎士団の正装に身を包んでいるのだから、特別な衣服を着ているわけでもない。

 ただ、やはり豪奢な金色の髪のせいか、美しい顔立ちのせいか、華美で派手な印象がある。


「失礼しました。つい、知っている話をしていたので、口を挟んでしまいました」


「ノア、久しいな。手紙も出せず、すまなかった。あのときは、助力、感謝している」


「こちらこそ、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんでした」


「ノア様、ごきげんよう。お久しぶりです。こちらは、私の妹のクラリスです」


 私はノア様にクラリスを紹介した。

 クラリスはきちんと淑女の礼をして、「はじめまして、クラリス・フラストリアです」と挨拶をした。


「銛で魚を捕るとは、懐かしいことです。私も昔は父上に連れられて、良く魚つきをしたものです」


「ノアも経験があるのだな。棒で魚をつくのは、珍しいことではないのか?」


「あまり一般的ではないですね。元々は、東の部族の狩猟技だとか。私の場合は鍛錬のために行っていました。動体視力と、反射神経があがるのだそうですよ。父の受け売りですが」


「カイザルは……、ええと、その、我が家の、家族ですけれど、東の部族の血が流れているのですよ」


 クラリスがおずおずと言った。

 先ほどまでの口調とはまるで違う。

 よく考えればクラリスも、家族以外の男性と話したことはあまりない。

 クラリスの中では、アンリもカイザルさんも、そしてシェザード様も家族だとしたら、ノア様は違う。

 私の影に隠れようとしているのがなんだか微笑ましい。

 ノア様に「なるほど、そうなのですね」と優しく言われると、恥ずかしそうに顔を隠してしまった。


「シェザード様、ルシル様、……本当は、ユーリもセリカも、本日式典に参加できる予定でした。それが、グリーディアから士官学校に編入させるために、すぐに来るようにと言われてしまって。お二人がまだ、王都に戻られる前のことです。雪道を急ぐことはできないので、返事が来てからすぐに、二人とも出立しました」


 ノア様が申し訳なさそうに言った。

 ユーリさんとセリカの姿は、ここにはない。

 セリカはしばらくエアリー公爵領に滞在してくれていたけれど、王都の様子が落ち着いたと連絡を受けると、学園の授業も再開されたために王都に戻った。

 それ以来、会っていない。


「そうなのですね……」


 最近あまり思い出さなくなっていた一度目の記憶が脳裏をよぎる。

 二人とも、一度目の時にもグリーディアに留学している。

 それはユーリさんの希望だったからだ。

 一抹の不安が胸をよぎった。


 あちらには――ギルフォード・スレイブが、騎士団長がいる。


 セリカたちは、大丈夫なのだろうか。


「二人とも、ご挨拶ができないこと残念がっていましたよ。落ち着いたら手紙を送ると言っていました」


「私も、会いたかったです……」


「ユーリにも世話になった。礼を言いたかったが、また、会えるだろう。きっと」


 シェザード様も何か感じているのかもしれない。

 けれど、表情には出さなかった。

 それはユーリさんの夢なのだから、私たちが口を出すべきことではないだろうし、グリーディアについても不穏な噂はきかない。

 きっと、大丈夫だろう。



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