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最後の式典



 私はシェザード様の手を引いて、ホールへと向かった。

 楽隊がゆったりとした音楽を奏でている。

 中央のダンスホールではダンスを楽しむ方々の姿がある。それ以外の方は、ダンスホールをぐるりと囲むようにして用意されているテーブルに準備されたお酒を楽しんだり、お話をしたりしている。


「シェザード様、ほら、見てください。自分から率先してお料理を食べている女性は一人も居ないでしょう?」


「あぁ、確かに……」


 私はいつか、シェザード様に言われたことを思い出していた。

 食欲がないのか、と。

 私はそれを聞いたとき可愛らしいと思ったのだけれど、そうしたことを教えてくださる方がシェザード様の側にはいなかったのかもしれない。


「……剣術や馬術や、座学の師は、皆男だったからな。立ち振る舞いについても、講師は男だった。だから、よく知らなかった。そのせいで、妙な誤解をしてしまったな」


「なんだか懐かしいです。私を疑うシェザード様のことも、私は好きでしたよ。ちょっと強引で、乱暴なところがあって、でも、本当は優しくて」


「あのときは、すまなかった。……今思い出すと、情けなさと恥ずかしさでいたたまれない気持ちになる」


 シェザード様は目を伏せて、眉を寄せた。

 私はシェザード様の腕に自分の腕を絡めた。


「それでは、お詫びに私にデザートをすすめてくださいな。一度は食べてみたいなと、思っていたのですよ」


「あぁ、それは勿論。どれが良い?」


「クルミのケーキが良いです。冬場は果物が少ないので、木の実のデザートが多いですね。私は栗もクルミも好きです。シェザード様は好きですか?」


「甘い物はあまり得意ではないな」


「甘い物が好きなシェザード様はあんまり想像できませんが、それはそれで可愛らしいかもしれませんね」


 雪原の狼のような姿をしているのに、甘党のシェザード様も可愛い気がする。

 私がにっこりすると、シェザード様は少しだけ眩しそうに目を細めた。

 シェザード様にお皿を手渡して頂き、私は小さなクルミのケーキをひとつ食べた。

 丸い形をしていて、ペースト状のクルミのクリームが中につまっている。

 クリームを包むスポンジに粉砂糖で雪の結晶の形が描かれていて、とても可愛らしかった。

 ケーキを食べて、グラスに準備されている白ブドウのジュースを飲んだ。

 シェザード様はご挨拶に来てくれた皆様からお酒を勧められていたけれど、丁寧に断っていた。


 こういう場でシェザード様が皆様から挨拶をされている姿を見るのも初めてだ。

 徐々に、全てが良い方向に変わり始めている。

 そんな風に、感じることができた。


「皆、我が息子のシェザードだ! 見てくれたか、先ほどの我が娘に対する深い愛情を……! 私は感動のあまり、涙が止まらない……!」


 挨拶をしに来てくださる方々の波をかき分けるようにして、ひときは背の高い目立つ男性の大声がホールに響き渡る。

 お父様だった。

 私は両手で顔を覆った。

 とても、とても、とても恥ずかしい。


「あなた、やめて、恥ずかしい」


 お母様がとても嫌そうな顔で、お父様に強引に片腕に抱きしめられて引きずられるようにして私の元へとやってくる。

 クラリスがその隣で苦笑している。

 お母様とクラリスに会うのも久しぶりだ。二人とも、綺麗に着飾っている。


「お姉様! ……お元気そうで、なによりです」


「ルシル……!」


 クラリスが私に駆け寄ってくると、私の片腕に腕を回した。

 お母様もお父様にひっぱられながら、感極まったように瞳を潤ませた。

 多くを語らないのは、私に起こったことについても内密にしてくれているからだろう。

 王妃様も、私も。

 貴族として、誰かに嫁げないほどの傷を負ってしまっている。

 それでも見捨てずに私の側に居てくれるシェザード様が、苦しいぐらいに大切だと思う。

 王妃様も同じ気持ちだったのだろうか。

 分からない。もうきっと、話すことも、話し合うべきこともないのだろうけれど。


 ――壊れた心は、元に戻ることもあるのかしら。


 今はまだ分からない。

 きっと、とても長く、時間がかかるのだろう。


「シェザード、今日のルシルはいっそう美しいだろう……! しかし、春には今日に負けず劣らず美しい姿を見せてくれるはずだ、婚礼の儀式まであと三月。私としては今すぐにでも構わないが、フラストリア家の財力を全て使い果たして盛大に祝おう! 娘を渡すのは親としてはとても寂しい心持ちだが、シェザードであればな、私も大歓迎だ」


「いい加減になさい、フォード。恥ずかしい、恥ずかしいわ」


「フォード……、その気持ち、分かります。分かりますとも……」


 お母様の叱責のあと、低い声がぼそぼそと聞こえる。

 はっとして声の方を見ると、壁際にエアリー公爵が立っていた。

 愛らしい奥方様が隣にいる。そしてその奥方様も、私のお母様と同じような表情を浮かべていた。

 言葉にしてみれば、『うんざり』といったところなのだろう。


「先ほど、フランセスとレグルスが挨拶に来ましてね……、私としては、認めるしかありません。レグルスはこれからきっと王家の抱える高名な医師になるでしょう。それを受け入れないとあっては、エアリー家に見る目がないと言われてしまう……」


「お前はどうにも素直ではないな。いつものことだが。娘の幸せを願ったと、正直に言えば良い」


「うう……」


 さめざめと泣き始めるエアリー公爵とお父様を、奥方様とお母様が「若い人たちの邪魔になりますよ」と引っ張っていった。

 クラリスは私にぴったりとくっつきながら「大騒ぎですね、お酒って怖い」と呆れたように言っていた。

 お父様達はお酒を飲んでいないように見えたのだけど、どうなのかしら。


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