シェザード様とアルタイル様
校舎の横を通り過ぎ、式典用のホールのある校舎よりも背の低い一回り小さめな建物の前まで、シェザード様は私を送り届けて下さった。
寄り道をしてしまったせいか遅めの到着になってしまったようで、すでにほとんどの生徒の方々は集まっているようだった。
「ルシル!」
入口の前に立っている方が、私の姿を見つけて名前を呼んだ。
アルタイル様だった。
アルタイル・ガリウス様。
シェザード様の弟君であり、第二王子でありながら王位継承権を持つ方である。
王位継承権については、私とシェザード様の婚約が決まった後に、大々的に公表されている。
私は先にお父様にそのことを聞いてしまった。お父様には王家から婚約の打診が来た時に、『シェザード様を公爵家に婿入りさせる』という説明があったようだ。
公表はその後のことである。今はもう周知の事実になっているのだけれど、シェザード様とそのことについて話し合ったことは一度もない。
触れてはいけないことと思っていた。
アルタイル様も、自らそれについて話したり、誇るようなことはしない方だった。
それなので、その事実は私たちの前に、古くに倒れて苔むした大木のように静かに横たわっていた。
「アルタイル様……」
私は思わず名前を呟いた。
シェザード様が繋いでくださっている手の指先に、力がこもるのを感じる。
私と同じ年なので、アルタイル様も入学式に参加することは知っていたのだけれど、待っているとは思わなかった。
シェザード様とアルタイル様の見た目と言うのは、色合いは似ているけれど印象はあまり似ていない。
二人とも銀の髪で、紫色の瞳である。
これは、王妃様の血筋なのだろう。
シェザード様の髪が硬そうなのに対して、アルタイル様は柔らかそうで少しだけ癖がある。
長い髪を、紫色のリボンで一つに縛っている。
優し気な顔立ちはやや女性的だ。
体つきも細身で、背もシェザード様よりは低い。
中性的で優しい。私にとってのアルタイル様は、そんな方である。
女友達のよう――だなんて言ったらとても失礼なのだろうけれど、男性として意識したことはあまりない。
だからこそ、気安かった。
「なかなか来ないので、心配していましたよ。兄上と一緒だったのですね。良かった」
「……わざわざ出迎えとは、ご苦労なことだ」
シェザード様は二人で歩いている時は、苛立った様子はなくてぽつぽつと言葉を返してくれたのに、アルタイル様の顔を見たとたんに一気に不機嫌になってしまった。
アルタイル様のことが余程嫌いなのだろう。
王位継承権の問題は、私には良く分からない。
アルタイル様が無理矢理に奪ったようには思えないし、そのような性格の方ではないと思うのだけれど。
アルタイル様はシェザード様に対しても、気遣いを忘れないような方だ。
シェザード様は嫌っているようだけれど、アルタイル様の方は――どうなのだろう。
明らかに嫌悪しているという態度は見たことがない。
どちらかといえば、遠慮している、というのが正しいような気がする。
「いえ……、兄上と一緒だとは思わなかったので、迷っているのかと思いまして。差し出がましいことをしてしまい、申し訳ありません」
「それは嫌味か」
「そういうわけでは」
アルタイル様はシェザード様にきつく言われて、困ったような表情を浮かべて首を振った。
二人の会話を聞いていると、シェザード様が一方的にアルタイル様に言いがかりをつけているようにしか聞こえない。
いつも――こんな感じだったわね。
私は喧嘩が怖くて、アルタイル様の後ろに隠れるようにしていたんだっけ。
全く――呆れるわ。
私がそんな態度をとっていたせいで、シェザード様を余計に傷つけていたこと、今なら分かる。
けれど、駄目よね。
兄弟は仲良くした方が良い。これから――支えあって、生きていくのだから。
「シェザード様!」
私はシェザード様の腕を思い切り引っ張った。
叱るべきか、それとも。
ここで私が怒れば、アルタイル様の味方をしたとシェザード様は思うのだろう。
だとしたら――
「シェザード様は怒った顔も大変素敵で生命力に満ちて光り輝いていますね……! 一緒に来てくださってありがとうございました。式典が終わったら一緒に帰りましょうね、ちゃんと待っていてくださいね、約束です。それから、今日は一緒に出掛けるのですよ。祝春の祭りのためのお洋服を買いに行きたいのです。だから、街を案内してくださいね、楽しみにしていますので!」
「……何故俺が、そのようなことを」
勢いよく私が話しかけると、シェザード様は鼻白んだ。
怒ってはいない。私の判断は正しかったようだ。
「何故……、それは、婚約者ですので……!」
婚約者と言うのは便利な言葉だわ。
その権利を振りかざすだけで、全てが許される気がするもの。
深々と溜息をつくシェザード様の様子を、アルタイル様は呆気にとられたように見つめていた。