祝冬の祭典
アルタイル様とシェザード様は、お忙しそうだった。
まずはノア様のお父様である、ルノワール・ハウゼン卿と、どこまでのことを知っていたのかは分からない、ヴィルシュタット宰相との話し合いを行った。
それからお父様が城を訪れて、その後エアリー公爵も来てくださった。
シェザード様はお忙しそうだったけれど、その表情には疲れは見られず、今までよりも堂々としていて精悍な姿だった。
真実を知ることができて、迷いがなくなったのかもしれない。
シェザード様の出自については、心配して私の様子を見に来てくださったお父様にだけ、シェザード様が伝えた。
アルタイル様は誰にも言わない方が良いと言っていたそうだ。
けれど、シェザード様はお父様にだけは隠し事をしたくないと、伝えることを決めたらしい。
お父様は何度も頷き、「そうか、そうだったのだな、皆には言わない方が良いだろう。国王と王妃様の為にも。私は今まで通りだ。君は私の大切な息子だ、シェザード」と、力強く言っていた。
アルタイル様の即位の準備は着々と進められていた。
カストル様とアセラ様は離宮で静かに暮らしていて、レグルス先生がエアリー公爵領から呼び寄せられて、王妃様の治療にあたるという話になったらしい。
離宮ではなく、もう少し心穏やかに過ごせる場所に移ることになるだろうと、シェザード様が教えてくださった。
城では祝冬の式典の準備も行われていて、どことなく忙しない空気が漂っていた。
レグルス先生が城に滞在するようになると、一緒にくっついてきたフランセスと話をしたり、お茶を飲んだりして過ごした。
それから、式典用のドレスの試着をしたり、髪飾りを選んだり。
私には関われることは少なかったけれど、それでも、シェザード様の姿を側で見ていられることが嬉しかった。
冬の式典を翌日に控えた日の夕方、夕食を終えた私とシェザード様は、二人で過ごすように整えられた部屋の暖炉の前におかれたソファに座って、ゆったりと過ごしていた。
衣装部屋には、私のために作って頂いた薄い紫色のドレスが飾られている。
上半身はぴったりと体のラインを出す形で、スカートはたっぷりと生地が使われている。
ところどころ月長石があしらわれた美しいドレスだ。
髪飾りは、銀色の物でそろえた。
ドレスを着てパーティーに出るのは、これで最初で最後になるかもしれない。
祝春の式典の時は、街に遊びに行ったのだったわね。
つい最近のことのようにも、遙か遠い昔のことのようにも感じられる。
「アルタイルの即位は、祝冬の式典に合わせて行われることになった。貴族達が皆集まる場だ、披露するには丁度良いだろう。ルシルは、俺の側に」
「ご迷惑ではないですか?」
「迷惑なわけがない。何があっても、離れないで欲しい。神官達はまだ大人しいが、もしかしたら、ということもある。俺が守ることのできる場所に居てくれ」
「シェザード様……、ありがとうございます。私、離れずに、側にいますね」
「あぁ。俺も手を、離す気はない」
「……王妃様は、どうなりましたか? フランセスの話では、レグルス先生が開発した解毒薬を使って、徐々に体に残る薬を抜いている、ということですが」
「母上は、……まさか、エデンの後遺症で、などとは表沙汰にはできない。表立っては病気だと説明している。父上は母上の看病に専念するために、アルタイルに王位を譲るのを早めたのだと、皆には伝えることになった。事実を知っているのは、俺たちと両公爵、それから宰相とハウゼン卿ぐらいなものだ。皆、信用できると、フォード父上がおっしゃっていた。フォード父上がそういうのなら、間違いないだろう」
「私は、フラストリア公爵家でお母様に叱られるお父様ばかり見ていましたが、最近のお父様はまるで別人のようです」
「父上は、獅子は研いだ爪を隠すものだと、よく言っている。俺も、父上からは学ぶべきものがまだまだ沢山ある」
「シェザード様は今のままでも十分立派です。けれど、謙虚なところも素敵です」
私はにこにこしながら、シェザード様を見つめた。
最近の私は、なるだけ笑顔でいるようにしている。
シェザード様が私を思い出すとき、悲しむ私も苦しむ私も思い出して欲しくない。
いつも、あなたが大好きだと、笑顔を浮かべている私が良い。
「色々ありましたけれど、式典、楽しみですね。ドレス姿の私を見て頂くのは久しぶりな気がします。私も少しは成長しているので、きっと以前よりも女らしくなっていると思いますよ」
「ルシルはいつだって愛らしく、美しい。着飾らなくても、着飾っていても、それは変わらない。だが、楽しみにしている」
シェザード様も私につられるようにして微笑んでくださった。
それから、そっと口づけてくださる。
もう寝ようかと、手を引かれたので、私はそれに従った。
幾度も同じ夜を過ごしたけれど、シェザード様は口付けだけで終わりにしてくださっている。
私はもう、覚悟ができている。
けれど私の口からそれを伝えることは、まだ、できていない。