決意
「カストル様、赤ちゃんが産まれたの。私と、カストル様の子よ。男の子なの。銀の髪と紫の瞳の、とっても可愛い子よ」
アセラ様が、嬉しそうに微笑みながらカストル様に手を伸ばした。
カストル様は「あぁ、アセラ。そうだな、私たちの子だ」とアセラ様を抱きしめる。
「逃げも隠れもしない。二人にしてくれ」とカストル様は言った。
アルタイル様が「死ぬ気ですか、父上」と尋ねたけれど、カストル様は「アセラを殺めることも、置いていくこともできない。できるはずが、ない」と答えた。
私たちは雪見台から降りた。
かける言葉なんて何一つ、思いつかなかった。
今はお二人を、そっとしておいて差し上げることしかできない。
底冷えのするような冷たい塔の螺旋階段に、足音だけが寒々しく響く。
アルタイル様が先導し、シェザード様は私の手を引いてくれている。
私たちは赤々と暖炉の火が燃えている応接間に戻った。
部屋で待っていてくれたジゼルが城の侍女たちと共に、紅茶と軽食を準備してくれた。
白いカップに琥珀色の液体が揺れている。
アルタイル様はカップに口をつけた。
その手は、僅かに震えていた。
「大丈夫か、アルタイル」
シェザード様が、アルタイル様の様子を気遣うように言った。
「……兄上こそ、大丈夫なのですか。……僕は、今まで両親の何を見てきたのか。傍にいながら、何も気づけなかった」
「薄々は、気づいていただろう、アルタイル。お前は優しい。……気づいていて、触れられなかったのではないか」
「兄上……、ありがとうございます」
アルタイル様は紅茶のカップをソーサーに戻した。
それから軽く頭を下げた。
下げた頭を上げたとき、アルタイル様の表情は穏やかなものに戻っていた。
「……真実を知ることができて、良かったと思っています。僕は僕の成すべきことが分かったようです。父上から王位を譲り受け、神官たちを正します。今の教会の中心は腐っていますが、きっと心ある方もいるでしょう。そう願いたいものです」
「あぁ。アルタイル、お前ならそれを成せるだろう。エアリー公爵も、フラストリア公爵もお前を支えてくれるはずだ。無論、俺も。……俺にその資格が、あるかどうかはわからないが」
「兄上……、兄上は、ガリウス王家に産まれた、僕の兄です。何が起こっても、どんな事実がそこにあったとしても、それが変わることはありません」
「アルタイル……、感謝する。この身に流れる血の半分は、腐っているのかもしれない。だが……、そうだとしても、誇れる自分でありたい。ルシルや、お前に」
「はい……! 流れる血などよりも、共に過ごした時間やそこにある記憶の方がずっと強い。僕は、そう思います。どうか、兄上。僕を支えてください。僕は、王となるにはまだ若い。兄上の力が必要です」
「無論だ」
アルタイル様とシェザード様は真っ直ぐに視線をあわせて頷き合った。
お二人の頼もしい姿に、私は緊張していた体の力をようやく抜くことができた。
「ルシル、兄上。疲れたでしょう。お二人で過ごすことのできる部屋を、城に準備させましょう。これから、話し合うべきこと、やるべきことが沢山ある。どうか、城に滞在なさってください」
「あぁ、そうだな。……その方が、良いのだろうな」
「まずは、休んでください。処遇が決まるまでは、父上たちは離宮で過ごしてもらいましょう。それがお互いのためだと思うので」
「あまり、無理はするな。お前は俺と違い、父上や母上に愛されていた。お前の方が、余程辛いだろう」
「お気遣い、ありがとうございます。兄上とルシルがいたから、この国を、良い形に正すことができるのだと、思います。きっと女神様の、導きなのでしょう」
「女神様のお導き……」
私は呟いた。
きっと、女神様は見ていてくださっている。
今はもう、怖くない。




