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雪見台



 「父上と母上に、尋ねてみましょう」とアルタイル様は静かな声で言った。


「勿論――そこにどんな真実があったとしても、兄上が僕の兄上であることに変わりはありません。エデンの売買にグリーディアの騎士団が関わっているのだとしたら、このまま何もしないというわけにもいかない。グリーディアの王家に事実を伝え、話し合いの場を設けるべきでしょう」


「エデンの商用許可を、父上はダルトワファミリー……、表だっては、ダルトワ商会に与えているようだ。撤回をして貰わなければ、罪に問うことさえ難しいだろう」


「それについては、フラストリア公爵や、ノアの父、ハウゼン卿も父と話をしてくれています。ですが……、話にならない、と言っていました。僕は――此度のことについては、勝手なことをしたと、叱責を受けました。兄上から悪い影響を受けたのかと、……この期に及んで、愚かなことを」


「アルタイル、落ち着け。怒ったところでどうにもならない。理由があるのなら問いただせば良い。場合によっては、……俺は覚悟ができている。お前はどうだ?」


「ええ、勿論。……王に選ばれた日から、その覚悟はできています」


「エアリー公爵や、フラストリア公爵、ハウゼン卿もお前を支持してくれるだろう。無論、俺も。……神官たちの出方は分からないが、ともかく、父と母と、話をしよう」


 シェザード様とアルタイル様は、頷き合う。

 その様子は――はじめて、本当の兄弟になったように親密で、私は眼前に横たわる真実について不安に思いながらも、少しだけ安堵してもいた。

 お二人が協力してくださるのなら、今までの私は知らなかったけれど、問題を色々抱えていたこの国は、大丈夫。

 そしてきっと、シェザード様も。

 何を告げられても、――きっと、大丈夫。

 そう思うことができた。


「ルシル。……一緒に、来てくれるか。……お前がいれば、俺は感情に支配されずに、……自分を保つことができる。辛い話になるかもしれないが」


 シェザード様は立ち上がると、私に手を差し伸べた。


「もちろんです。私は、何があってもシェザード様のお側を離れません」


「すまない。……俺は、お前に甘えてしまっているな。……ありがとう」


「私もです。……私も、シェザード様が居てくださるから、強く在りたいと思えるのです」


 夢の狭間に揺蕩いながら、何度も私に手を差し伸べるシェザード様の姿を見た気がする。

 シェザード様が居なかったら、私はきっと戻って来れなかっただろう。

 手を取り立ち上がる。

 ジゼルが「お待ちしています。どうか、心の安寧をお祈りしております」と言って、深々と礼をしてくれた。

 アルタイル様はとても生真面目な顔で、「兄上たちを見ていると、そろそろ僕も婚約者を探そうかなという気になりますね」と言った。


「フランセス嬢は僕が好きなのかと思っていたのに、いつのまにかレグルス先生と良い仲になっているようですし、気づいたら誰も相手が居なくなっていそうですね」


 アルタイル様はそう言って肩をすくめる。

 緊張を解そうとして、冗談を言ってくれているのだろう。

 私は口元に手を当てて少し笑った。

 シェザード様は「すぐに見つかるだろう、お前ならば」と苦笑交じりに答えていた。


 私たちは三人で、城の更に奥へと向かった。

 陛下と会うためには本来なら謁見の間を使用しなくてはいけないけれど、今回は家族の話だ。

 それなので、アルタイル様達のお部屋のある城の奥の王族の間での話し合いとなるようだ。


 カストル陛下と、王妃アセラ様は、雪見台でお茶を召し上がっていると使用人達が教えてくれた。

 冬の間は寒いので、屋外でお茶を飲むことは難しい。

 その代わり、雪見台という建物の高い場所にある景色の良い場所使う場合が多い。

 城の奥に入ったのは初めてだ。

 シェザード様は城のことを『大きな動物の腹の中のような場所』といつか言っていた。

 そのせいなのだろう、埃一つない美しく整えられた場所なのに、どこか寒々しさが感じられる。


 雪見台は、塔の上にあった。

 いくつかある尖塔の雪見台は、見張り台の兼ねているらしい。

 景色が良いからと、お茶を飲むために何代か前の国王が過ごしやすいように整えたのだと、アルタイル様が長い階段を登りながら教えてくれた。

 ぐるぐると回るようにして作られている螺旋階段を登ると、思ったよりも広い場所に出た。

 大きな窓からは、真っ白な雪原が遠くまで見える。

 暖炉には炎が灯り、毛足の長い絨毯が敷かれていて、ソファセットが置かれている。

 王妃アセラ様が私たちの訪れに気づいて、窓に向いていた視線を此方に戻した。

 国王カストル陛下が立ち上がり、シェザード様を睨み付けたあとに、アルタイル様の姿を見て戸惑ったような表情を浮かべた。


 アセラ様は、二人の御子を産んだとは思えないほどに若々しく美しい方だ。

 国王陛下よりも歳が若いと聞いたことがある。

 シェザード様とアルタイル様と同じ、雪原のように輝く銀色の髪に、アメジストの瞳。

 小作りな顔立ちで、肌は白い。

 今も十分美しいけれど、お若い頃はもっとお美しかったのだろう。

 カストル陛下は金の髪に青い目をしている。色合いは違うけれど、顔立ちはアルタイル様に似て、女性的で麗しい。

 年齢がその顔立ちに深みを与えているようだ。

 並んでいるととても絵になる。

 隣国から嫁いでいらっしゃったアセラ様を、カストル様はとても大切になさっていると、お母様から話を聞いたことがある。


「突然の来訪、申し訳ありません、父上」


 シェザード様が口火を切った。

 形式に則った礼をする。

 私もスカートを摘まんで頭を下げて、アルタイル様も一礼をした。

 アセラ様の優しげで美しい顔がみるみるうちに凍っていく。

 カストル様はアセラ様を庇うようにして、その前に立った。



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