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雪の結晶



 ギルフォードについては、確証が得られるまで内密に――ということになった。

 エアリー公爵は、私のお父様にだけは手紙を書くと言う。

 場合によっては、アルタイル様の即位を早める必要があると、難しい表情を浮かべていた。


 此方に来たときは晴れていた空は、どんよりとした灰色の雲に覆われていた。

 ちらちらと、雪が降り始めている。

 収容所から出て二人きりになっても、シェザード様は私に何も尋ねなかった。

 ただしっかりと、私の手を握ってくれていた。


「……あの、シェザード様……」


「ルシル。話さなければいけないことが、沢山ある。けれど今は、まだ良い」


「でも」


「エアリー公爵領では、月長石が良くとれる。装飾店に寄ろうか、ルシル」


 シェザード様が私の首元に視線を落とした。

 私は首元に手を当てる。

 そういえば――首飾り。

 ヴィクターに引きちぎられて投げ捨てられた、私の大切な海の首飾り。

 どこに行ってしまったのだろう。


「ごめんなさい。首飾り、シェザード様に、頂いたのに……、私、なくしてしまって」


「謝る必要はない。安物なのに、ずっとつけていてくれただろう。大切にしてくれていたこと、知っている。……辛いことを思い出させてしまい、すまない。あれは割れてしまった。新しい物を買おう」


「シェザード様、でも、急いで王都に帰らないと」


「雪道だ。急いだところでたかがしれている。天候に問題がなければ、準備を整えて明日か明後日には出よう。丁度――年末の式典が、城で行われるだろう。王都の今の状況は分からないが、行われるのだとしたら、ルシルさえ良ければ短い時間だけでも顔を出そうかと思っている」


「私はもちろん、大丈夫ですけれど……、シェザード様はそういった集まりは、好きではないのかと思っていました」


「得意ではないのは確かだが、……ルシルの、着飾った姿が見たい。ヴィクターのことがあってもなくても、式典に間に合うようには帰るつもりでいた。体調が戻れば、ルシルをいつまでも診療所に閉じ込めておくわけにはいかないだろう。もちろん、ルシルの想いを優先するつもりではいたが」


「私は……」


 一年の終わりと始まりを祝う式典は、春の祭りよりももっと盛大だ。

 カダールの冬の陰鬱さを忘れるためなのだろう、やり過ぎなぐらいに派手にお祝いをする。

 それは王都でも、フラストリア公爵領でも同じ。

 この日だけは、部屋にこもっていた人々が外に出てきて、春と同じような賑やかさになる。


「一緒に、参加したいです」


 私に残された時間はあと少し。

 沢山思い出を作りたい。シェザード様と、一緒に。

 それから――綺麗に着飾った私を、見て欲しい。

 診療所では、ひどい姿ばかりを見せてしまったから。


「あぁ。……ドレスについては、ジゼルと相談してフラストリア家に手紙を送っている。情けない話だが、城には頼れる者が少ない。まさかアルタイルに頼むわけにもいかないしな」


「お気になさらないでください。フラストリア家は、シェザード様の家族なのですから。お母様たちは、シェザード様に頼って頂けて、とても喜んでいると思います」


「あぁ、ありがとう。……あたたかいな、ルシルも、ルシルの家族も」


 シェザード様は、どこか切なげな笑顔を浮かべた。

 それは――診療所で一緒に暮らす中で、幾度か見てきた表情だった。

 その表情の理由を、私は尋ねることができなかった。

 今は、触れてはいけない。

 シェザード様は楽しい未来の話をしてくださっている。

 きっと、それは。

 私のため。


 装飾店には、様々な宝石やアクセサリーが並んでいた。

 金でできたもの、銀でできたもの。赤い宝石、紫色の宝石。

 中でも一番多いのは、透き通るような不思議な色合いの、月長石のアクセサリーだ。

 月や雪を連想させるそれ。

 シェザード様のように、静謐で美しく輝いている。


「とても、綺麗です。シェザード様、首飾り、選んでくださいますか?」


「俺が選んで良いのか?」


「はい。シェザード様の選んだものが良いのです」


 海の首飾りも、シェザード様に選んで頂いた。

 だからと思ってお願いすると、シェザード様は中央とその周囲に小さな月長石があしらわれた、銀色の首飾りを選んでくれた。

 それはまるで、雪の結晶のように見えた。


「ありがとうございます、とても、可愛いです……!」


 購入した首飾りを、首につけて頂いて、私は微笑んだ。

 首に感じる軽い重みに、喪失感が癒えるのを感じる。


「気に入ってくれて良かった。俺にとっては……ルシルは、柔らかく世界をてらしてくれる、月のような存在だ。きっと似合うと、考えていた」


 シェザード様は私の姿を見て目を細めた。

 手を取って、指先に口づけてくださる。

 今は――忘れて、この幸せを享受させてほしい。

 向き合わないといけない時間は、刻々と迫ってきているけれど。



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