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ドラグーン騎士団


 エアリー公爵と収容所の看守の方数名と共に、私とシェザード様はヴィクターのいる牢獄へと向かった。

 鉄格子のある狭い牢獄がいくつも並んでいて、そこには若い者から歳の者まで何人もの人々が投獄されている。

 今回の――ダルトワファミリーとの争乱で、牢屋に入れなければならいものが倍以上に増えたのだという。


 「それぞれの罪を詳らかにして、処罰を決めるまで、一年以上はかかるかもしれない」とエアリー公爵はため息交じりに言っていた。

 エアリー公爵はその見た目は繊細な美丈夫といった様子なのに、「いっそ全員流刑にして、荒れた雪原の開墾をさせたい。勝手に死ぬだろう」と、監獄の囚人たちに聞こえよがしに言うので、あがる怒声に肝が冷えた。


 女性が訪れるのが珍しいのだろう、私に対する下卑た野次も少なくはなかった。

 看守たちが時折牢獄の鉄格子を蹴りつけては、中の囚人を睨み付けて黙らせていた。


 ヴィクターの牢は一番奥。

 投獄された当初は別の場所にいたようだけれど、弁舌でもって他の囚人たちを煽り、扇動することが多々あったために、他の者たちとは話すことができない場所に移されたのだという。


「ヴィクターという男は何なのでしょうね。奴のせいで、何人かの人が死にました。ただ話をしただけなのに。看守も、惑わされる者もいた。言葉とはこれほど強いものかと、驚くばかりです」


 だから「お二人とも、話を額面通り取らないようにどうかお気をつけて」と、エアリー公爵は心配そうに言っていた。


 三重に設けられた鉄格子の奥の部屋に、ヴィクターはいた。

 石造りの箱のような何もない部屋。明かりとりの、格子のはめられた小さな窓だけがある。

 牢獄とはもっと薄汚れた場所なのかと思っていたけれど、そんなことはなく、必要最低限の生活は与えられているのだろう。清潔に保たれている。

 ヴィクターは以前よりも痩せてはいたけれど、そのせいか妖しい美貌がどうにも増しているようにも思えた。

 私たちが訪れると、部屋の壁に寄りかかっていたヴィクターが顔を上げた。

 アイスブルーの瞳が私とシェザード様を順番に見た後に、細められる。


「……約束通り、ルシル・フラストリアを連れてきた。これで満足したか? 知っていることを教えろ。お前はエデンを誰から買った?」


 エアリー公爵が硬い口調で問う。


「あぁ、会いたかったよ。望みを叶えてくれてありがとう。ルシル、元気そうでなによりだ」


 ヴィクターは、旧知の知人に会ったような気安い口調で答えた。


「お前も元気そうだな、ヴィクター。なによりだ」


 私が答える前に、シェザード様が言った。

 わかりやすい皮肉に、ヴィクターの口元が歪んだ。


「ルシルを呼べば、君も来るだろうと思っていた、エド。……俺は二人と話したい。他の者は下がってくれるかな?」


 掠れていて小さいけれど、不思議と良く通る声だった。

 エアリー公爵は渋っていたけれど、シェザード様に言われて三重の鉄格子の外まで下がった。

 それぞれの鉄格子の間には小部屋ていどの距離があり、外側に出てしまえば密やかな声は届きそうにない。


 私とシェザード様は最後の鉄格子を間にして、ヴィクターと相対している。

 ヴィクターはだらりと座ったままだった。動く様子はなかった。


「ルシル、体の調子は? 致死量のエデンを飲ませたのだけれど、良く天国から舞い戻ってきたね。君は天使だから、生や死の概念とは逸脱した場所に居るのかな。死して戻ってくることができるなんて、本当に、天使なんだね」


「お前の戯れ言を聞くつもりはない。可能ならば今すぐにその首を落としたいぐらいだ。くだらない話を続けるのなら、ここに居る理由はない。わざわざ呼び出したのには何か理由があるのだろう」


「そう急くのではないよ、エド。ひさびさに人と話したんだ。寂しいんだよ、ここは。なにせ一人きりだからね。誰かのぬくもりが欲しくなってしまう」


「嘘ですね。あなたは……、誰のことも、求めていない。全てを、憎んでいるのでしょう」


 私は両手を胸の前で握りしめて、震えそうになる唇を叱咤して、言葉を紡いだ。

 分かっていたことだけれど、やはりその顔をみると、恐怖が胸を支配しそうになる。

 ヴィクターにされたこと、ヴィクターがしてきたこと、それから、エデンの後遺症に苦しんでいるときの記憶が走馬灯のように頭を巡る。

 ――それは、過去。

 終わったこと。

 ただの記憶だと、自分に言い聞かせた。


「そうだね。あぁ、そうだ。勿論、その通りだよ、俺の天使。だからね、ルシル。俺はずっとここで、女神の迎えを待っている。そろそろ、だね。……でも、その前に君たちに会えて良かった。だって、俺だけが知っている真実を――地獄に連れて行ってしまうのは、忍びないだろう?」


「真実?」


 シェザード様の眉間に皺が寄った。

 それとは相反する表情で、ヴィクターは唇を開く。口元に恍惚とした笑みが浮かんでいる。


「そう。真実。どうりで、と思ったよ。ルシルに聞いて合点がいった。どこかで見たことがある顔だと思っていたんだ」


 嫌な予感が、足下からぞわりぞわりと這い上がってくる。

 ――その先は、聞いてはいけない。

 このひとは、嘘つきなのだから。


「俺にエデンを売ったのは、グリーディアのドラグーン騎士団の騎士団長だよ。ギルフォード・スレイヴ。エデンは騎士団が管理している。騎士団長であれば、容易に手に入るだろう? 金が欲しいんだろうね、何に使うかはしらないけれど」


「騎士団長……」


「それでね、エド。そして、ルシル。二つ、最後に大切なことを君たちに教えてあげるよ」


 最後に、二つ。

 ヴィクターの口を、塞いでしまいたい。

 今すぐこの部屋から立ち去りたい。

 けれど、足が床にへばりついてしまったかのように、動くことができない。


「一つ目は、ギルフォードの顔がどういうわけか、エドにそっくりだということ」


 それから、と続ける。


「二つ目は、ルシルは春になったら、死ぬのだそうだよ」


 ヴィクターは微笑んだ。

 その手には――いつの間にか、小さなナイフが握られていた。


「君たちを待っていてよかった。それじゃあね、ルシル。先にあちらで待っている。きっとすぐに会えるよ」


 そのナイフで、ヴィクターは躊躇いもせずに首をかき切った。

 鮮血が迸り、石の床に飛び散る。

 シェザード様が皆を呼ぶ声が聞こえる。

 私はなにもできずにただ、両手で口を押さえて震えていた。


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