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公爵の来訪



 私が元の体調に戻る頃には、秋が終わり冬が訪れていた。

 年末の式典も近い。学園はすでに二学期が終わり、冬期休暇に入っていた。

 萎えていた足にも力が戻り、最近では外を歩くことができるようにもなった。


 静かな箱庭の中で私はシェザード様と共に暮らしていて、身の回りの世話は公爵家から来てくれたジゼルが行ってくれていた。

 レグルス先生は相変わらず医師を続けていた。

 患者さんと関わる中で、医師に戻ろうかという決意を固めているらしい。

 私のように――エデンの後遺症に苦しむ方々を救いたいのだと言っていた。


 ヴィクターが残していた『廃棄部屋』と呼ばれる病床は、エアリー公爵の計らいで別の場所へと移されて、人を雇いきちんと管理されるようになったという。ここで働いていた女性たちは、そちらに移ったようだ。彼女たちは善意の労働者だ。だから、ヴィクターの真実は告げないのだという。

 あまりにもその罪は、彼女たちが抱えるには重すぎる。


 冬期休暇がはじまると、時折フランセス様が手伝いに来ているようだ。

 気位の高い方という印象があったのだけれど、茨の棘のようなものが消えて、気安さを感じられるようになった。

 元々フランセス様は黙っていれば作り物のお人形のように愛らしい方だったので、患者さんたちの間では、白衣の天使と呼ばれているらしい。フランセス様がエアリー家の長女だということは、患者さんたちは知らない。


 シェザード様は私の元を離れなかったため、その代わりに入れ替わり立ち替わり、様々な方々が診療所に訪れてくれた。

 エアリー公爵とお父様が連れだって診療所の門戸を叩いたのは、そんなある日のことだった。


「ようやく、王都の争乱が落ち着いた。アルタイル殿下の後ろ盾となり事後処理まで行っていたら、気づいたら冬になってしまっていた。まぁ、ここで私が出しゃばるのは無粋というものだろうから、かえって良かったのかもしれないが」


 お父様はいつもながら、溌剌とした様子だった。

 快活に笑うお父様の隣で、フランセス様に似た綺麗な顔立ちの細身で眼鏡をかけたやや神経質そうな男性が、恭しく礼をした。


「ご挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません。フランセスから話は聞いています。我が公爵領での不祥事で、辛い思いをさせてしまいましたね。それに加えて、フランセスはルシルさんを嘲るような言動を繰り返していたとか。本人からの懺悔を聞いて、はじめて知りました。きつく叱っておきましたが、親として情けないことです」


「いえ、それはもう良いのです。フランセス様は、随分と私の心配をしてくださいました。ありがたいことと思っております」


 あまりにも丁寧に謝罪をされたので、私はやや慌てた。

 私たちは、診療所の奥にある応接間のソファセットに向かい合わせて座っている。

 私とシェザード様は隣り合わせで、その正面にお父様と、エアリー公爵。

 お父様が大柄なせいで、エアリー公爵が余計に細く小さく見えた。


「……なんと、心根の優しい。フォード、あなたは大雑把でがさつだとばかり思っていましたが、子育てが私よりもうまいようだ」


「私は何もしていないぞ、ラムセス。全てシルフィールに任せている。私は毎日狩りや釣りや鍛錬をしているだけだからな」


「相変わらず野蛮ですね」


「それに、フランセス嬢ぐらい気が強いと頼もしいではないか。お前の反対を押し切って、レグルス医師に嫁ぐとまで言い出しているのだろう?」


「あれにも困りました。レグルスは立派な医師だとは思いますが、庶民の出です。フランセスが言うには、自分がいないと、過労で倒れてしまうとか、なんとか。レグルスは大人ですから、その気はないようですけれどね」


 ラムセス・エアリー公爵と、お父様は随分気安い間柄のようだ。

 旧知の友人のようにも、悪友のようにも見える。

 それにしても、フランセス様とレグルス先生がそんな関係になっているとは、知らなかった。

 随分親しいとは思っていたけれど、恋人というよりは、お兄さんと妹といった感じがする。


「アルタイルはどうしていますか? すぐに戻ると約束したのに、約束を違えてしまいました。申し訳ありません」


「いや、それも良い。シェザード、君には感謝している。ルシルの元に止まってくれて、ありがとう。君がいなければ、ルシルはこうして元のルシルには戻ることができなかったかもしれない。それほど、エデンとは恐ろしい薬だ。……シェザード。君は、名誉よりもルシルを選んでくれた。親として礼を言いたい」


「当然です。名誉など、何の意味もありません。ルシル以上に大切な物など、俺には」


「しかし……、王都の争乱で武名をあげれば、君の立場も少しは……」


「今更取り戻したい立場など、俺にはありません。父上は俺のような者に、ルシルをくださった。フラストリア公爵家に婿入りをさせて貰える。それだけで、十分です」


「シェザード。……本当に、君は良い息子だ。ありがとう」


 シェザード様は私の手を優しく握りながら、穏やかな声音で言った。

 お父様は涙ぐみながら、何度もお礼を言っていた。

 見かねたように、エアリー公爵がお父様にハンカチを渡していた。


 


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