後遺症
シェザード様とレグルス先生がヴィクターの診療所にとどまり、私の治療にあたってくれた。
私が意識を取り戻したのは、エデンを飲まされてから数日後のことだったらしい。
その間、シェザード様がずっと傍に居てくれた。
フランセス様がエアリー公爵に状況を伝え、ヴィクターの身柄は一時エアリー公爵の預かりとなったらしい。
王都では争乱が起こっていて、セリカと共にエアリー領へと逃げてきたのだと、私に会いに来てくれたフランセス様が言った。
「ルシルさん、無事で良かった。……本当に、無事で、良かったです」
フランセス様は、ようやく上体を起こせるようになった私の手を握って、泣きじゃくった。
セリカもほっとしたような表情を浮かべて「外のことは気にしないで、ゆっくり休んで」と言ってくれた。
「いつまでもこのような場所にいてはいけませんわ。フラストリア家に帰ることができるまで、我がエアリー家が治療のための屋敷を準備しますわね。ルシル様とシェザード殿下に気兼ねなくゆっくりと滞在していただけるように、静かな湖畔の別宅がよろしいでしょうか」
「フランセス、気持ちは分かるがこの場所には治療のための設備が整っている。元々は、本当のレイル先生の持ち物だったのだから。どうやら突然亡くなられたようだが、……ヴィクターの邪魔になったのだろうな」
「恐ろしいことです。エアリー領でそんなことが起こっていたなんて、由々しきことですわ。お父様にお願いして、徹底的に不正をたださないといけませんわね」
「あまり、深入りするのではないよ。大人たちに任せておきなさい」
フランセス様はレグルス先生に見送られて帰って行き、セリカはしばらく診療所に滞在してくれると言った。
診療所を突然閉じると、患者さんたちが困り果ててしまう。
レグルス先生は本当に必要な方々への治療も行っているらしい。セリカはその手伝いをしながら、私の身の回りの面倒も見てくれると言っていた。
ユーリさんは王都に帰ったらしい。
王都への争乱の鎮圧に参加するそうだ。
皆が面会に来てくれている間も、シェザード様は私の傍らに座って、私の手を握ってくれていた。
私は日の半分ぐらいは夢の中に居て、数時間程度は意識を取り戻すような状態だった。
夢の中に居るときの私が、何を口走ってしまっているのか、覚えていない。
悪夢を見たような気がする。
泣き叫んでいたような気もする。
けれど、シェザード様は何も言わなかった。
動けない私の体を清めて、着替えをさせてくださり、水のような粥を口に運んでくれた。
固形物を口に入れると、吐き戻してしまう。
酷い姿を、見せてしまっている。
ーー迷惑をかけて、しまっている。
ふと、意識を取り戻した時には、罪悪感と情けなさでいっぱいになる日もあった。
今は、いつなのか。
それすらも、分からない。
短い夏が終わりーー木々が赤く色づいている。
気温が一気に下がった。
長い冬が訪れると、王国は雪で閉ざされる。
ようやくベッドから一人で起き上がることができるようになると、空からはちらちらと雪がふりはじめていた。
シェザード様はどこにも行かなかった。
ずっと一緒にいてくれた。
レグルス先生も私の治療に専念してくれていて、学園ははじまっていると思うのに、そのまま診療所に止まっていてくれた。
長く歩くことができなかったからだろう。足が、萎えてしまった。
シェザード様が私の手を引いて、一緒に歩いてくれた。
毎日ずっと一緒にいたせいか、私はシェザード様の姿が見えないと不安を感じるようになっていた。
「……ごめんなさい。沢山、迷惑をかけてしまいました」
「俺は、お前と共にいることができて、幸せだった。気に病む必要は無い」
固形物も食べることができるようになり、人の手を借りずとも生活ができるようになると、夢の狭間に落ちることもなくなったように思う。
それでもあまり起きてはいけないと言われているので、ベッドに体を休めている私の隣に、シェザード様が座っている。
外がどうなっているのか、シェザード様は何も言わなかった。
まるで、小さな箱庭の中に、二人だけでいるようだ。
「シェザード様……、でも、……私」
「謝ることはない。俺は……、ずっと、このままで良いとさえ、思っている。ルシルを俺の手元へ置いておける。時折、そんな風に思うこともある」
シェザード様は、静かな声で、そんなことを言った。
私の頬を撫でると、覆い被さるようにして口づけてくださる。
私は、体の力を抜いた。
もうーー怖いことは、何もない。




