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救出への布石


 夏期休暇もあと数日で終わる。

 休日中に学園を訪れる物好きは居ないのだろう、いつもは歩いていれば誰かしらの姿を見かける敷地内は、静かなものだった。

 学園の門には警備兵が二人立っている。

 俺の姿を見て、門扉をすぐに開いてくれた。

 門柱に馬の手綱を括り、急ぎ寮へ向かった。

 アルタイルの部屋の扉を叩いても反応はなく、校舎に向かうことにした。


(確か、休日中も教員は残っているはず)


 尋ねて回るしかない。

 そう思っていたが、――アルタイルの姿は案外早く見つけることができた。


 剣を合わせる音が、響いていた。

 訓練場の見物用の椅子に、アルタイルは座っていて、何故か知らないがノアとユーリが手合わせを行っていた。

 ルシルの友人のセリカの姿と、それから、ルシルの担任のレグルス先生、そして、レグルス先生に見張られながら、模擬試合用の武器を油を染みこませた布で拭いているフランセスの姿がある。


 姿を現した俺を見て、アルタイルは驚いたように目を見開き立ち上がる。

 アルタイルの異変に気づいたのか、ノアとユーリが試合の手を止めた。

 アルタイルに遅れて、皆俺を取り囲むようにしてやってくる。


 こうして――人に囲まれることなど、今まではないことだった。

 戸惑いを少し感じたが、そんな場合ではない。

 ここにいる人間の顔を確認し、隠す必要はないだろうと、俺は口を開いた。

 かつてはノアもフランセスも、俺やルシルに敵意を抱いていたが――今は違う。少なくとも、何かが変わっているように思う。


「アルタイル、会えて良かった。話がある」


「どうしましたか、兄上。ただごとでは、なさそうですね」


「――ルシルが、攫われた」


 俺の言葉に、皆がざわめく。


「どういうことですの……! ルシル・フラストリアが、一体どうして……!」


「ルシル様が……」


 悲鳴じみた声をフランセスがあげて、セリカが青ざめる。

 ユーリがセリカの体をそっと支えて、フランセスの口をレグルス先生が無遠慮に手で塞いだ。


「一体誰に、攫われたというのですか」


「アルタイル、お前も一度は耳にしたことがあるはずだ。ダルトワファミリー。王国に巣くう害獣のような存在の、幹部であるヴィクターに。ルシルを連れて行かれたのは俺の落ち度だが、弁解は後でする」


「弁解など必要ありません。兄上のことですから、……できる限りのことはしたのでしょう。大凡のことは分かりました。兄上、父上に話をしてきたんですね」


 アルタイルの理解は早く、全てを説明せずに何があったのかの大凡のことは伝わったようだ。


「あぁ。兵を借りたかった。フラストリア公爵と共に、俺は王都に戻った。王都には、ダルトワの本拠地がある。そこを、潰したい」


「けれど、断られた、と」


「その通りだ。今は、頼れる者がアルタイル、お前しかいない。今まで……、お前に対して冷たい態度を取ってきておきながら、今更虫の良い話だとは思うが」


「いいえ、それについても良いんです。僕にも、落ち度があります。両親の、兄上に対する態度を知りながら、何もしようとしなかった僕にも、罪が。僕の存在が、兄上を傷つけてきたのだと、自覚しています。……頼ってくださり、ありがとうございます」


「……アルタイル、すまない」


「いいえ、……それに僕は、一度はルシルに淡い恋心を抱いていたことも、ありますから。聡い兄上には気づかれていたと思いますが。嫌われて当然だと思っていました。ルシルを救いましょう、兄上。兵のことなら、僕がなんとかします」


 アルタイルは胸に手を当てると、俺を見上げて微笑んだ。

 弟の顔を真っ直ぐに見たのは、――幼い頃、以来だろうか。

 何も分からず「にいさま」と慕ってくれる弟を、大切だと思ったことも、あっただろうか。

 良く覚えていない。

 アルタイルに手を差し伸べると「触れないで、穢らわしい!」と母が半狂乱になるから、なるだけ近寄らないようにしていたことは、覚えている。


「ダルトワファミリーについては、私も父上に何度か疑問を投げたことがあります。最近では……、王都でも、良くない薬が出回り、それに比例したように、不審な死も、多くなりました。どうして連中を捕縛しないのか、野放しにしておくのかと、幾度か言い合いになりました」


 ノアが難しい顔をして言った。


「父が言うには、必要悪なのだと。……けれど、もう限界ですね。僕は国王になります。兄上には、僕を支えて欲しい。……まずは、害獣を潰しましょう。そして、兄上の大切なひとを、取り返しましょう。ノア、騎士団は動かせますか」


「勿論。私は、シェザード殿下とアルタイル様に従います。父も、お二人の言葉にならば従うでしょう。これは、国を守るための戦争。カダールの騎士団が飾りではないこと、連中に思い知らせてやります」


「……ヴィクター」


 今まで黙っていたレグルス先生が、ぽつりと呟いた。

 レグルス先生に口を塞がれたフランセスが、その腕の中でじたじたと暴れていた。



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