アルタイルとの共闘
父上――あれは、父ではないのかもしれない。
国王カストルは頼ることができない。
どうする。一人で――ダルトワ邸に乗り込む、か。
(アダモス・ダルトワを人質に取れば、ヴィクターの居場所を吐かせることができるかもしれない)
立ち上がる俺の、床を殴りつけたせいで僅かに血の滲んだ手を、フォード父上がため息をつくとハンカチで拭った。
「手は、剣を振るうためのもの。剣は誰かを守るためのものだ。気持ちは分かるが、大切にしなさい。……しかし、カストルめ。エデンの売買を了承した、など。何を考えているのか」
「……父上。俺は」
「一人で行くなど愚かなことはさせない。こういう時にこそ、溜め込んだ金を使うべきだろう。シェザード、お前は傭兵の真似事をしていた、と言っていたな。今は一人でも多くの、戦力が欲しい。傭兵を雇おう。ダルトワファミリーに逆らう気骨のある者が居れば良いが」
「それでも、数が足りないと考えます。多くの命を危険に晒すよりは、俺が一人で行くべきかと。俺なら、大丈夫です」
「君がルシルを大切に思ってくれているように、ルシルも君を大切に思っている。君が傷ついて、ルシルが悲しまないとでも思うのか? 君の命が奪われれば、あれもきっと後を追うだろう。弱いようで、強い。あれはそういう子だ」
フォード父上の言葉に、俺は奥歯を噛みしめた。
――ならば、どうする。
傭兵だけがダルトワファミリーと戦い、王家は見ないふりをすれば、国民の悪感情は膨れ上がるばかりだろう。
皆、ダルトワファミリーを恐れている。それと同時に、憎んでいる。
その感情は、諦めに近い。
どうにもならない。見ないようにし、触れないようにし、逃げるしかない。
国は――自分たちを守ってくれないのだと、思っているのだろう。
その上、傭兵が動き、騎士団も警備兵も動かないとあっては――
「……しかし。……分かりました。……見込みがあるかどうかは分かりませんが、アルタイルと話をしてみます」
アルタイルは国王になる。
そして少なくとも、カストルよりは話ができるだろう。
どれほどの力が弟にあるのかは分からない。今まで関わろうとしてこなかったからだ。
頼りたくないが、そうも言っていられない。
今は自分の感情よりも、ルシルのことが大切だ。
「それは良いな」とフォード父上は頷いた。
使用人のひとりにアルタイルの居場所を尋ねると、学園の寮にいるという。
城には居ないのかと驚いた。
アルタイルは夏期休暇の間、ずっと学園寮で過ごしているらしい。
俺のことで、父や母と言い合う姿を何人かの使用人が見かけたと言っていた。
それからずっと城には戻ってきていないそうだ。
「まるで、反抗期の子供だな。アルタイル殿下は今まで聞き分けが良すぎるぐらいに良い子供だったから、丁度良いのかもしれないな」
「あのアルタイルが……、珍しいこともあるものです」
「いつも穏やかで落ち着いている人間こそ、怒らせると怖い。シェザード、私は傭兵斡旋所に行こう。君が口利きをしてくれ。シェザードはその後学園へと向かえ。そこで合流しよう」
「分かりました」
再び馬に乗り、王都の傭兵斡旋所へと向かった。
カウンターに座っているラディスが、俺とフォード父上の姿を見て目を見開いた。
「エド……、今日は随分身なりが良いですね。……薄々そんな気はしていましたが、やはり、エドはただの孤児などではなかったのですね」
俺はラディスの正面に立って、頭を下げた。
孤児だと嘘をつき、ラディスや、他の傭兵たちを騙していた。
ルシルがヴィクターに連れて行かれたのは、嘘をついた俺への罰なのだろう。
王都の現状を知っておきながら、何も成さなかった俺への罰だ。
(ルシルは、貴族は民を守るものだと言っていた。……ルシルの方が、俺よりも余程、強いな)
本来なら俺が――もっと早くに、動かなければいけなかったのだろう。
「今まで、騙していてすまなかった。俺は、シェザード・ガリウス。孤児などではなく――」
「シェザード・ガリウス……、第一王子殿下、ですね。こちらこそ、今までのご無礼、お許しを。立ち振る舞いを見て、おそらく身分の高い方だろうと思いながら、皆と同じように扱っていました」
「今まで通りで良い。どのみち、俺の身分は飾りのようなものだ。……ラディス、今日は頼みがあって来た」
「なんなりとどうぞ。ここは傭兵斡旋所ですからね。立場や名誉や感情などは二の次です。金額次第で、なんでも引き受けますよ」
「こちらは、フォード・フラストリア公爵だ。俺の父上でもある。事情は、フォード父上から聞いて欲しい。父上、この男はラディス。傭兵斡旋所の所長をしています。傭兵を雇えるかどうかは、ラディスの采配次第です」
「あぁ、分かった。シェザード、案内をしてくれてありがとう。君はアルタイル殿下の元へ。私も話がついたらすぐに向かおう。幸運を祈っている。これはルシルのためだけではなく、この国を守るための戦いだ」
「心得ています。それでは」
俺はフォード父上を傭兵斡旋所に残し、再び馬に乗ると学園へと向かった。
ルシルのためだけではない。
分かっている。
(ルシルは、弱い者を守ろうとしていた。見ず知らずのエレインを、そして、あの子供を)
それは貴族の義務だからだ。
俺が逃げ続けていた立場というものと、真正面から向き合っていた。
アルタイルと、話そう。
きっと――理解してくれる。
俺はアルタイルの存在からも、ずっと逃げ続けていた。
それでは、いけないのだろう。




