国王との対話
フラストリア公爵家に戻った俺の様子を見て、フォード父上はすぐに異変に気づいてくれた。
真剣な表情で、アンリとカイザルを呼び寄せて、政務室へと入った。
シルフィール母上とクラリスも心配そうに顔を出したが、父上に厳しい声で下がっていろと言われて、身を寄せ合うようにして頷いた。
「――申し訳ありません。全ては、俺の落ち度です。どんな叱責も受けます。けれど、今はルシルを救いたい。俺への罰は、ルシルを救ってからに……」
俺は応接用のソファに座り、今夜のことを説明した後、フォード父上に頭を下げた。
「シェザードに与える罰などはない。よく無事に戻ってくれた。過ぎたことを話し合うよりも、これからどうするべきか考えよう。ダルトワめ、フラストリア家の大切な娘に手を出したこと、後悔させてやる」
「ヴィクターは、どこに行ったのかはわかりません。けれど、恐らくは王都にあるファミリーの屋敷に帰ったのでしょう。もしくは、フラストリア公爵領にある、別邸か。手分けをして、探すべきだと考えます」
「あぁ。カイザル、フラストリア公爵領については、お前に任せる。ダルトワの住処を徹底的に調べ尽くせ。歯向かうものは全て捕縛しろ。買収された兵士たちも含めてな」
「了解しました。殿下に剣を向け、ルシル様を攫うための片棒を担ぐとは、許せないことです」
フォード父上に指示されて、カイザルが深く眉間に皺を寄せて頷いた。
「俺は、王都に戻るつもりです。国王陛下に掛け合い、兵を借ります。父が、俺の言うことを聞くとは思えませんが」
「共に行こう。シェザードから聞いた、エデンの件もある。もうこれ以上、ダルトワを野放しにはできん」
「しかし、父上」
「ルシルは私の娘だ。そして、君は私の息子だ。シェザード一人だけに、責任を負わせはしない」
「……ありがとうございます」
「アンリ、家は任せた。警備の兵を置いていく。お前が指揮しろ。屋敷の門は固く閉ざしておけ。見張りを怠らず、異変があれば先手を打て。もし手に負えないようなら、皆を連れて逃げろ。逃げ道は、分かっているな」
「心得ております。奥様と、クラリス様のことは、僕に任せておいてください」
アンリは冷静な声音で言った。
フォード父上は立ち上がる。「そうと決まれば、王都まで駆けるぞ。夜通し馬を走らせれば、朝には到着するはずだ」と、部屋を出る。
俺は父上の背中を追いかけた。
ずっと、一人きりだと思っていた。
けれど今は、一人ではない。
一人ではないことが、これほど頼もしいものだとは、知らなかった。
ルシルのお陰だ。
ルシルに、会いたい。
――抱きしめたい。
「シェザード、遅れるなよ」
「はい」
屋敷の入り口に、アンリが他の使用人たちに命じて馬を準備してくれる。
夜道で目立たないようにするためだろう、黒毛馬が二頭。
シルフィール母上が父上に駆け寄り、その肩に深い青色のマントをかけた。
クラリスも遠慮がちに俺に近づいてきて、同じ色合いのマントを渡してくれる。
俺は自分でそれを肩にかけて、紐を結んだ。
「どうか、気をつけて」と言う母上たちに見送られて、俺はフォード父上と共に王都に向かった。
フォード父上の操る馬は早く、乗り潰してしまうのではないかというぐらいの速度で休ませもせずに走らせる。
俺も遅れないようにそれに続いた。
遠乗りや早駆けは行ったことがあるが、ここまでの長距離ではない。
けれど、馬はよく鍛えられているのか、速度を落とすことなく、馬車で二日程度かかる道を、草原を横切り、真っ直ぐに王都まで駆けた。
暗い夜が、紫色に変わっていき、地平線の向こう側から朝日が顔を出す。
夜が朝に変わる頃、王都が見えた。
城に着いた頃には、すっかり日が登り、空には秋の始まりに近い薄い青空が広がっていた。
俺が使用人に命じて国王陛下、カストル・ガリウス父上との謁見を頼むと、俺とフォード父上は謁見の間へと通された。
ややあって、早朝ということもあってか、それとも俺と会いたくなかったからか、不機嫌そうな表情の国王陛下が現れた。
髪の色や目の色は、俺やアルタイルは母親譲りの銀髪と紫色の瞳をしているが、カストル父上は俺たちとは違う。白に近い金の髪に、深い青色の瞳をしている。
もう年嵩だが、顔立ちはアルタイルに似ている。どちらかというと、小柄で線が細い。カダールの大多数の男と同じ特徴を持っている。
謁見の間の椅子に座る陛下の前に、俺は膝をついた。
同じく、俺の隣でフォード父上も片膝を床につき、頭を下げた。
「こんな朝早くから、騒々しい。シェザードはよく揉め事を起こすが、フォードまでとは」
「父上、申し訳ありません。ですが、どうしてもお願いしたいことがありまして」
俺は口火を切った。
フォード父上は許してくださったが、やはりルシルのことは、俺に責任がある。
ルシルを救うためには、そして、ダルトワファミリーと真正面から戦うためには、兵が必要だ。
藁にもすがるような思いで、俺は冷たく俺を見おろしている父上を見つめた。
「ルシルが……、ダルトワファミリーの幹部である、ヴィクターに無理矢理連れていかれました。ルシルを救うため、どうか、兵を俺に貸してくれませんか、父上」
「兵を貸せ、だと」
「はい。ルシルを救うために、どうか」
「ルシルが拐われたというのは、本当か、フォード」
国王は、俺から視線を逸らしてフォード父上に話しかける。
「本当です。どこに連れて行かれたかは分かりませんが、ダルトワの本拠地は王都にあります。王都に連れて行かれた可能性が高いのではと考えています」
「ならば、フラストリア家の兵でなんとかしろ。ルシルはフラストリア家の娘だろう。ルシル一人のために、王都の民を危険に晒すつもりはない」
「……っ」
分かってはいたことだが、国王のあまりの冷たい物言いに、俺は息を呑んだ。
怒りを抑えるために、きつく手を握りしめる。
「我が兵には、領地を探らせています。王都までは手が回りません。陛下、娘のためーーだけとは、言いません。陛下の耳にも入ってきているでしょう、ダルトワが売っている危険な薬物について」
「あれは、……病の治療に使うものだろう。すでに、ダルトワから販売の申請を受け、了承している」
「エデンの危険性をご存知ないのですか、陛下」
「知らないな。少量使えば、痛みが取れる。体の痛みも、心の苦しさも、楽になる。悪いものではない」
「父上、……どうか、お願いします。ルシルを、救いたいのです」
俺は、もう一度頭を下げた。
床に這いつくばるほどに、額を床に擦り付ける。
「シェザード、フォード、下がれ。ルシルのことは不憫だとは思うが、フラストリア家にはもう一人娘がいるだろう。問題はないはずだ」
「……っ、この……っ」
思わず立ち上がって、国王に向かって掴みかかろうとした俺の腕を、フォード父上が握りしめた。
俺を蔑んだ目で見下した後、国王陛下は謁見の間から奥へと戻っていった。
俺は掴まれていない方の手で、思い切り床を殴りつけた。




