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駆ける夜


 ◆◆◆◆◆



 俺に剣を向ける兵士たちを、鞘に戻した剣で打つ。

 抜き身の剣で斬りつけてやりたい。しかし、兵士達は金で買収されたというよりも、ヴィクターの背後にあるダルトワファミリーが怖かったのだろう。

 無意味な血は流したくない。ルシルのためにも、自分のためにも。

 ヴィクター達の姿が見えなくなると、剣が鈍り、包囲が緩む。


「下がれ! シェザード・ガリウスの名は飾りではない! 誰に剣を向けているのか、お前達は分かっているのか!」


 地面には、鞘に収まったままの剣で気絶させた兵士たちが折笠なるように倒れている。

 フラストリア公爵家の従者が二人、俺の横にぴたりとついた。

 ガリウスの名に兵士たちは夢から覚めたようにして、動きを止める。


「ダルトワファミリーは去った。俺は奴らを追う。それでも俺に剣を向けるのなら、抜き身で相手をしてやろう!」


「殿下、ルシル様が……!」


「あぁ、分かっている」


 フラストリア家の従者が、震える声で縋るようにして俺を見上げる。

 俺まで動揺するわけにはいかない。

 本当は、喚き散らしたいぐらいだった。

 不甲斐ない自分に。

 思いつく限りの中で、一番最悪な事態になってしまった。

 守ると、約束したのに。


「ルシルは、必ず助ける。馬車の馬を一頭俺に預けて欲しい。お前達は、フラストリア家の別宅で待機しろ。お前達まで守ることができるほど、俺は器用じゃない」


「殿下、ですが、夜道をたった一人でなど、危険すぎます」


「ルシルを救えなければ、俺の命になど価値はない」


 包囲をしていた兵士たちには、もうこちらに襲いかかってくるような様子はなかった。

 従者達がフラストリア家の馬車の馬を一頭、馬車から外した。

 万が一の時のために、馬車馬には鎧がついている。

 艶やかな栗毛馬だ。

 気をつけて、と口々に言う従者達に頷くと、俺は馬に飛び乗った。


 石畳の敷かれた道を、軽快な蹄の音を響かせながら馬は駆ける。フォード父上は武具や馬が好きなのだろう、よく訓練されている馬で、俺の命令にすぐに従い、速度を上げていく。

 夜空には星が瞬いていて、月と星の明かりだけで十分に夜目がきいた。

 街を抜けて、街道に出る。街道から少し逸れただけで、まっすぐな草原が続いている。

 こんな時間に馬車を走らせているものは少ない。

 馬車は騎乗して駆けるよりも、ずっと遅い。そして恐らく、松明などの明かりをかかげているはずだ。

 どちらの方向に向かったのか、それだけでも、わかれば――


 街の周囲をぐるりと一周するように、馬を走らせた。

 気ばかりが、逸る。

 先にルシルを逃していれば。

 後悔と、苦しさと、怒りと、ヴィクターに対する憎しみが、ふつふつと湧き上がってくる。

 俺はどうなっても構わない。ルシルに何かあったらと思うと、気が狂いそうだった。


「……くそ……っ」


 月明かりが草原を照らしている。

 そろそろ秋が近づいている。涼しい風が、草むらを揺らした。

 馬車の姿はない。間に合わなかった。何も、できなかった。

 けれどーー諦めるわけにはいかない。


「一度、父上と話そう」


 俺は馬をフラストリア家の方向へと走らせる。

 ヴィクターの出自が知れているのが、唯一の救いだ。

 ダルトワファミリーの拠点を、しらみ潰しに探す。

 今できることはそれぐらいだろう。

 けれど、俺一人では――あまりにも、無力だ。


「――必ず、助ける」


 自分に言い聞かせるようにして、俺は呟いた。

 全て、俺のせいだ。

 俺はずっとルシルを傷つけ続けていた。それなのにルシルは、勇気を出して俺に手を差し伸べてくれた。

 今度は、俺の番だ。

 ルシルが俺の全てを受け入れてくれたように――俺も。


 ルシルが、何かを隠していることには気づいていた。

 フラストリア家で共に眠るようになってから、理由はわからないが時折うなされている姿を幾度か見ている。

 頬に涙がつたい、俺の名を呼ぶルシルの、美しく儚い姿を。

 そして、どこか寂しげに笑う表情も、ここではないどこかを見ているような、瞳も。

 いつか話してくれるだろうかと思っていた。

 けれど、それが話せないことでも、別に構わなかった。

 ルシルは俺の話を強引に聞き出そうとはしなかった。

 不安ばかりだっただろう、それでも、俺に微笑んでくれた。

 だから、俺も。

 ルシルの全てを愛している。


「……どんな手を、使ってでも」


 ルシルのためなら、今まで俺をかろうじて支えていた自尊心さえ、捨てることができる。

 誰に頭を下げても構わない。

 どんなことでもする。

 夜道を駆けながら、そう心に誓った。



 

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