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愛に散る花


 ――それは、一人の女性を、男性が二人で取り合う、という内容だった。

 とある若い貴族女性が、嫁ぎ先の家で男性に冷たく扱われる。

 所謂政略結婚で、男性は女性のことが好きではないようだった。

 失意の中女性は、気晴らしに参加した仮面舞踏会で若い男と出会う。

 夫とは違う男性に優しくされてひととき悲しみは癒えるけれど、女性の苦しみは終わることがない。

 女性は、夫が好きだった。

 けれど――仮面舞踏会で出会った男性は実は王子であり、夫よりも身分が高かった。

 女性は一夜の過ちのために王子に愛を乞われるようになり、身分差から断りきれずに夫に隠れて逢瀬を繰り返した。


 それでも、女性は夫が好きだった。

 振り向いてくれなくても、ずっと、好きだった。

 

 そして、終幕が訪れる。


 女性の夫は、敵国と通じていた。王家に反意を持つ者だった。

 妻に冷たくしていたのも、いつか己の身に何かあった時に、妻を傷つけないためだった。夫もまた、女性を愛していた。

 女性を欲した王子が、女性の夫の罪を暴いた。

 夫は女性の不義を知っていた。それでも、女性を愛していたから――夫は剣を取って、王子を殺そうとして。

 そして。

 決闘が、行われる。

 何度か剣が合わさった。

 夫の剣が、王子の心臓を貫こうとした時、女性はその身を強引に二人の間に割り込ませた。

 血飛沫の代わりに、薔薇の花びらが壇上に舞い落ちる。

 赤い薔薇で埋め尽くされた壇上に、女性が倒れる。

 夫は女性の体を抱え上げた。慟哭が、ホールに響き渡る。


 ――あなたを、罪人にしたくなかった。全部私が悪いの。ごめんなさい。


 女性の最後の言葉に、夫は何度も女性の名前を呼んで、そして自らの剣で、胸を貫いた。


 割れんばかりの拍手が、劇場の中に飽和して、頭がズキズキと傷んだ。


(どうして、こんな、話……)


 私は食い入るように、演劇に見入っていた。

 わかっている。

 演劇に出てくる女性たちの関係も、話の内容も、一度目の私とはまるで違う。

 けれど――あまりにもひどい既視感に、眩暈がした。

 気づけば、はらはらと涙が頬を伝い落ちていた。


 あれは、私。

 一度目の私。

 我儘で、自分勝手で、流されるばかりで、シェザード様を傷つけた、私。

 だとしたら、シェザード様は。


 そんな、まさか。


 がたがたと、体が震える。

 私は私の死んでしまった後のことを、知らない。


(違うわよね。ただ、似ていると言うだけ。よくある話、よね……)


 演劇の題材は、現実では許されない禁忌の関係が喜ばれる傾向にある。

 それは不義密通だったり、はたまた許されざる仇同士の愛だったり、色々だけれど。

 夫以外の男性と関係を持つという話も、妻以外の女性と関係を持つという話も、社交界の皮肉を取り混ぜながら行うことで、貴族たちに喜ばれる。

 だから、よくある話。ただの、気のせい。

 罪悪感が、まるで私の行いを目の前で演じられているように感じさせただけだろう。


「ルシル、大丈夫か?」


 シェザード様が心配そうに私の背をさすってくださる。

 そっとハンカチで頬を拭ってくださるので、私は目を閉じた。

 背中に腕がまわる。ぎゅっと抱きしめられて、髪を撫でられる。


「辛い内容だったな。……俺も、まるで自分とアルタイルを見ているように感じられた。少し前の俺たちを。……だが、今は違うだろう」


「シェザード様……、ごめんなさい、私、……」


「謝る必要はない。ルシルのお陰で、俺は変わることができたように思う。だから、あんな風にはならない。そう、信じたい」


「っ、……はい」


 小さな声で、返事をした。

 シェザード様は、一度目のことは覚えていない。

 あの場所にいたのは、私とシェザード様と、アルタイル様だけ。

 その後も世界が続いたのか、それとも、女神の力で全ての時間が戻ったのか、私にはわからない。

 私だけ、時間が戻されているのかもしれない。わからないけれど、シェザード様があのことを覚えていないことに、安堵した。


「落ち着いたら、帰ろう、ルシル」


「ごめんなさい、せっかくのお出かけだったのに、泣いてしまって……」


「謝る必要はない。泣いているのはお前だけではない、会場中から啜り泣く声が聞こえる。悲恋を見たがるというのは、不思議だな。泣くために来ているのかもしれないな」


「たまには泣いたほうが、健康と美容に良いのだと、お母様もいつか言っていました」


「そういうものか。ルシルが、今以上に美しくなってしまったら、困る。誰にも見られないように、箱に入れてしまっておかなくてはいけなくなるからな」


 私を励ますためなのだろう、シェザード様が珍しく甘い言葉を紡いだ。

 本気なのか冗談なのかよくわからなくて、「こういうのは、あまり似合わないな」とため息まじりに続けるので、私は少しだけ笑った。

 

 ――これは、女神様の警告なのかもしれない。


 私が罪人であることを思い出せ、という、警告。

 シェザード様から離れなければいけない。

 私の役割は、多分もう、終わったのだから。




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