フラストリア家での日々
お父様は、シェザード様を実の息子のように可愛がっているみたいだ。
今日もフラストリア公爵家の敷地内の森に、アンリと三人で馬に乗り出かけていった。
「フォードったら、シェザードさんを独り占めしすぎよね? 趣味に付き合ってくれる息子ができて嬉しいのはわかるけど。ルシル、寂しくはない?」
中庭でジゼルが準備してくれたお茶を飲みながら、お母様がため息交じりに言った。
「寂しくはありません。夜は、一緒に過ごしていますし。シェザード様が楽しそうで、私は嬉しいです」
白い外用のテーブルセットには、中央からポールが突き出す形で、日よけがつけられている。
夏の日差しは強いけれど、風は涼しくて乾燥している。
日よけさえあれば、外でもさほど熱さを感じない。
中庭には向日葵が、大きく花を広げて光の方を向いていた。黄色く大きな花と、中央にある茶色い円形の部分は、子供の頭と同じぐらいに大きい。
それはやっぱり、植物というよりは、なにかしらの動物にみえた。
「お姉様、お兄様と良い関係になったのですね。学園に入学する前は、どうしたらよいのか分からないといって、暗い顔ばかりしていましたし、私はてっきりお姉様はアルタイル様の方が好きなのかなぁと思っていたので、安心しました」
私とお母様とクラリス、それからジゼルしかいないことを確認するようにして、クラリスがきょろきょろとあたりを見回したあとに、内緒話をするような声音で言った。
私は苦笑する。
ジゼルもクラリスも、同じように感じていたのね。
私にとって入学前の記憶は、――繰り返している分、遠い。
記憶が遠い分薄ぼんやりとしているけれど、ジゼルにもクラリスにも、弱音をはいていたことは確かだ。
「ルシルの気持ち、分かるわよ。勝手に決められた婚約ですものね。私も、フォードと出会ったときは――なんなのかしら、この野蛮人は、と思っていたもの」
「お母様は、線の細い舞台役者みたいな男性が好きなのですよね。お父様とは真逆です」
「ええ。私はてっきり、そのような方と結婚するとばかり思っていたの。相手が騎士や兵士というのなら、まだ理解できるわよ。フラストリア公爵家の嫡男という良家のご子息が相手だと言われたから、さぞ嫋やかで素敵な男性なのでしょうね、と思っていたのよ」
「実際会ってみたら、違っていたのですか?」
クラリスが興味津々、といった様子で尋ねた。
お母様はまだ若々しい顔立ちに、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「違ったのよ。フォードは、筋骨隆々、といった様子で。話すことといえば、馬やら剣やら、最近狩った獲物やら。どこの野蛮人なのかしら、と思ったの。シェザードさんも、どちらかといえばフォードに似ているでしょう? 背は高いし、体格も良いわよね。それに……、色々事情があるのだろうけれど、態度も口調も、……ルシルは、怖かったのではないかしら」
「私は、……お父様も、シェザード様も素敵だと思います。その、男らしくて」
家族の前で気持ちを口にするというのは、どうにも、照れてしまう。
言葉が小さくなり、頬を染める私を、クラリスはまじまじとのぞき込んだ。
「お姉様、そうなのですね」
「何? クラリス」
「良かったですね、お姉様! ちなみに私は、どちらかというと線の細い男性の方が好きです。我が家で言えば、そうですね。見た目だけで言えば、アンリのような」
クラリスは何か勘違いをしている気がしたけれど、私は何も言わなかった。
一生懸命否定をすると、余計にからかわれるような気がしたからだ。
クラリスの口から出てきた名前に、私の後ろに控えていたジゼルが慌てたように手をぶんぶんと振った。
「クラリス様! アンリはもう、二十七歳。クラリス様はまだ十五歳ではありませんか。駄目ですよ、駄目です。兄を誘惑しないでくださいね、いとけないお嬢様に手を出したとあっては、ヒース家の末代までの恥になってしまいます……!」
「僕がどうしましたか」
噂をすれば、影、だわ。
ジゼルの大きな声が聞こえたのか、こちらに向かって歩いてくるアンリさんが訝しげな表情を浮かべている。
アンリさんの後ろには、シェザード様と、お父様。
お父様は、大きな雉を棒に結わいて肩に担いでいた。
その姿を見た途端、お母様が嫌そうに顔をしかめた。
「フォード、そんなもの見せないでちょうだい」
「そう怒るな、シルフィール。シェザードが弓で射ったんだぞ。ものの数時間で、雉を一匹、鹿を一頭だ。私の息子は狩猟の才能がある」
「シェザード様、お帰りなさい! シェザード様が捕まえたのですね、凄いです!」
お母様に叱責されてやや困ったように眉根を寄せたシェザード様に、私は駆け寄った。
クラリスも立ち上がり、アンリさんに「おかえりなさい」と微笑んだあとに、私の隣に来る。
「お兄様、今夜は雉料理ですね。お父様のご趣味につきあってくれて、ありがとうございます。お姉様は、お兄様の男らしいところが好きだそうですよ」
にこにこしながら無邪気にクラリスが言うので、私はおろおろした。
まさか、そのままを伝えられるとは思っていなかった。
シェザード様は目を細めると、口元に笑みを浮かべる。
「……ただいま、ルシル。狩りは、初めて行ったが、楽しかった」
「良かったです……」
「お兄様、でも、嫌なときは言ってくださいね。たとえば、お姉様とゆっくり過ごしたいときとか。お父様は強引なのです。味を占めて、明日の朝から釣りや、狩りに連れ回されますよ」
ねぇ、とクラリスに見上げられて、お父様は「気づかれてしまったなぁ」と快活に笑った。




