まさかの同室
皆で一緒に夕食をとって、入浴を済ませた夜。
私は緊張に体を硬くしながら、所在なくベッドの上に座っていた。
ジゼルが準備してくれた夜着は、白のレースが首元や袖にあしらわれたもので、夏の始まりの気候に合わせて薄手のものだ。
腕や足は隠れていて、薄いふわりとした生地が体のラインを隠してくれるけれど、どうにも落ち着かない。
ここは、私の部屋じゃない。
元々私が使っていた部屋はもう少し、少女趣味だった。
ピンク色や、白の調度品が多く、ぬいぐるみもあったし、お人形もあった。
ベッドも薄桃色をしていて、天蓋やベッドのシーツには、大きいなリボンの装飾があった。
けれど今私がいる部屋は、元々の私の部屋よりは大きい。
リビングと寝室があって、リビングには暖炉がある。
リビングの横にはクローゼットと、支度部屋。
落ち着いた色合いの質の良い調度品と、オイルランプとベッド。
オイルランプが薄暗い部屋を、柔らかく照らしている。
窓の外には夜の帳がおりた黒い空に、星が瞬いている。半月が浮かんでいて、虫の声が遠く聞こえた。
「……どうしよう」
小さな声で呟く。
天蓋つきのベッドは、私が四人ぐらい寝ても余裕があるぐらいに大きい。
木枠は新しく、お母様の話だと「せっかくだから、新しいものを注文したの」という話だ。
「シェザード様のために、ベッドを作ったのですか?」
と、私が尋ねると、お母様とクラリスは顔を見合わせて微笑みあった。
「シェザードさんのため、というより、ルシルのためよね」
「お姉様にはなるだけ早く御子を産んでいただかないと、私も結婚相手を見つけられませんし」
クラリスの言葉におおよそのことを察して、私の顔は真っ赤に染まった。
両手で頬を押さえる私を、お母様は微笑ましそうに、にこにこ笑って見つめていた。
シェザード様とは別室だと思っていたのに、まさか、すでに主寝室として同室の部屋が準備されていると思わなかった。
お父様とお母様は、シェザード様が公爵家の仕事を覚えたら、公爵家の広い敷地内にある別宅にクラリスと共に移り住んで悠々自適な隠居生活を送るのだと、すでに決めているーーというようなことを、夕食の時に言っていた。
シェザード様は優秀だから、すぐにそれが叶うだろうということ。私の卒業を待たずに、後継をもうけても構わない、というようなこと。
大切なことなのではっきりと伝えているのは分かっているのだけれど、どうにも気恥ずかしく、シェザード様は困っているのではないかしら、と心配していた。
フラストリア家の気風なのかもしれないけれど、お父様もお母様も、クラリスも、あまり言葉を飾ったり、真意を隠したりしない。
私だけが少し違うように思う。
お母様は「ルシルの良いところよ。我が家は、ルシルがいるから落ち着いているの、お父様とクラリスと私は似ているから、皆の話を静かに聞いてくれるルシルがいなければきっと、喧嘩ばかりしていたわよ」と言っていた。
何度目かのため息をつくと、シェザード様が湯浴みと着替えを済ませて部屋に戻られた。
視線を向けると目があった。
何か言いたげなアメジストに似た紫色の瞳と目が合い、私は再び自分の顔が紅潮するのを感じる。
(落ち着きなさい、私……、……無理よ、無理よね……)
シェザード様も夜着に着替えている。
お洋服も、お父様やお母様の計らいで、新調して揃えたものらしい。
詳しいことは二人とも何も言わなかったけれど、それは多分、私の両親の優しさなのだろう。
お城からは、なるだけ何も持ってこないようにーーシェザード様の城での辛い記憶を、フラストリア家のもので作り替えるように、という配慮なのだろうと思う。
シェザード様がどう思っていらっしゃるかはわからないけれど、私はそれが嬉しかった。
皆がシェザード様を家族として歓迎してくれていることが、とても、嬉しい。
シェザード様は、黒い夜着を着ている。つるりとした生地で、百合の美しい絵柄が長い裾に刺繍されている。
襟元から見えるすらりとしていて、けれどしっかりとした首筋や、鎖骨。
胸元に膨らむ筋肉の隆起から、私はそっと視線を逸らした。
見てはいけないものを見てしまったような気がした。
「ルシル……、何もしない。そんなに泣きそうな顔をしないでくれ。怖いなら、俺はソファで休む」
「い、いえ……! そういうわけでは、なくて……」
「父上や母上の気持ちはありがたいが、せめて婚礼の儀式を済ませてから、と思っている。……お前を、傷つけたくない。……隣で寝ることは、許してくれるか?」
「それは、もちろん……!」
明らかに狼狽えながら、私は答えた。
衣ずれの音とともにシェザード様がベッドに体を横たえて私に手を伸ばした。
心臓が、口から飛び出しそうなぐらいにうるさい。
今日から毎晩こんな夜が続くのかと思うと、目眩がしそうだった。




