フラストリア公爵との語らい
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フラストリア公爵ーーフォード父上とともに、フラストリア家の奥へと向かう。
階段を上がって二階の、公爵の政務室には大きな窓があり、明るい光が差し込んでいた。
フラストリア家にこうして訪れるのは初めてだった。
ルシルの婚約者として公爵家に訪れることも今までしてこなかったことについて、苦い後悔が胸を過ぎる。
今までの分を、取り戻すことができるだろうか。
公爵家の人々は、ルシルと同じように皆、穏やかで優しそうに見える。
彼らはルシルの家族だ。
俺にとっては、ルシルが一番大切で、ルシルだけがーー俺の唯一の、光だ。
彼らがルシルの大切な家族だとしたら、俺も同様に大切にしなければいけない。
フラストリア家の雰囲気は、俺の生まれ育った城の中とはまるで違う。
多少の戸惑いを感じていた。
政務室の黒い皮張りのソファに、フォード父上と対面して座った。
フォード父上と二人きりで話す機会は、今まで一度もなかった。
ガリウス王家とフラストリア公爵家とは、遠い親戚に当たる。
何代か前の王弟の家系がフラストリア家である。
「シェザード、……どうにも、殿下と言ってしまいそうになるな。そのうち慣れだろうから、気にしないで欲しい」
「はい」
「ルシルのことだが……、一人の親として、心配していた。あれは、どちらかといえばよく言えば大人しく、……正直に言ってしまえば、少々気が弱く、人に頼りがちなところがある。私はシェザードの事情を多少知っていたから、穏やかな性格のルシルが君を支えることができるのではないかと思っていたが……、しかし、私の心配も杞憂だったようだな」
「いえ……、私が、悪いのだと思います」
「畏まらずとも良い。いつも通り話してくれて構わない」
「ですが」
「ここは、君の家だ。もっと気楽に」
「……わかりました」
フォード父上は、穏やかな笑みを浮かべて言った。
城ではーー特に、父や母の前では、なるだけ完璧な立ち振る舞いをするように気をつけていたが、フラストリア家ではそれをしなくて良いのだという。
俺は軽く息を吐いた。
扉がノックされて、中に入ってきた侍女が、低いテーブルに紅茶の準備をして下がっていった。
「フォード父上には、謝らなくてはいけないと思っていました。俺は、ルシルを今まで大切に扱ってこなかった。申し訳なく思います。……これからは、態度を改めます。許してくれとは言えませんが、もう、ルシルを傷つけるような行動は取らないと、約束します」
「それについては、ルシルにも非があると、私は考えている。……だが、もう終わったことだ。君が街に降りていたことも、ルシルが危険な目にあったことも。過去は過去、大切なのは今だろう。だから、気に病む必要はない。私も若い頃は、シルフィールと色々あったからな……、夫婦になるのだから、多少の波風が立つのは当然のこと。荒波に揉まれながら、家族になっていくのだから」
「お心遣い、感謝します。ルシルと……、それから、フラストリア家の方々に受け入れてもらえるように、努力します」
「シェザードは、真面目だな。だから、今まで余計に苦しかったんだろうな。生きることを、頑張る必要はないよ。公爵家の仕事を適当にすませたら、狩りに出かけたり、釣りをしたり、庭園の手入れをしたり。それから、カイザルと手合わせしたり。私は好きなことをしながら生きている。だから、シェザードも、好きなことを見つけなさい」
「好きなこと、ですか。趣味、ということでしょうか」
「あぁ。趣味は大切だ。特に、狩猟や釣りは良い。自然の中にいると、私の抱えている悩みなんか些細なことだと思えるからな」
「俺は、そういった経験がありません。もしよければ、俺も一緒に連れていってくれますか?」
「それは、嬉しいな! 妻や娘たちを連れていくわけにはいかないからな」
フォード父上は、満面の笑みを浮かべた後に、ふと真面目な表情に戻る。
「ところで、ダルトワファミリーの件だ。シェザードが知っていることを、教えてくれるだろうか。フラストリア領にも最近ーーあまり良くない薬物の類が出回っているようだ。依存性があり、長く使うと、人が廃人になる。一度手を出したものの財産を、それこそ、尻の毛までむしりとるのだろう。相手は廃人になるのだから、どこかに訴えるということもない。そもそも証言ができないのだからな」
「エデン、ですね。シュロトワの葉を、乾燥させて粉末にして固めたものです。火をつけて、炙ります。悩みや苦痛から解放されて、幸せな気持ちになれる、とか。貧民街で廃人になったものを幾人か見かけました。元々は、娼館で働く女を大人しくさせるために作られたもののようです。それが、娼館に訪れる客たちから広がっていったようですね」
「流石に、詳しいな。シェザード、その話はどこかにしたのか?」
「いえ。……俺が話したところで、何が変わるわけでもない。そう思っていました。ダルトワファミリーには手は出せない。王都の警備兵も皆、そう思っています」
「そうか。……どうにかしたいとは、思っているが。中々に、難しい問題だな」
「ダルトワファミリーの中心にいるのは、アドモス・ダルトワ。それから、幹部が四人。その一人の、ヴィクターに、ルシルの顔が知られてしまいました。……ルシルのことは、必ず守ります」
「信頼しているよ」
フォード父上は悩ましげに「また相談に乗ってくれ」と言った。
退出を許された俺は、用意されていた自室で着替えを済ませた。
大きな部屋に、一人で眠るには随分と大きなベッドが準備されていた。
まさかな、と思っていると、夕食に俺を呼びにきたルシルが顔を真っ赤に染めていたので、多分そのまさか、なのだろう。
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