クラリス・フラストリア
久々の公爵家は、記憶の中のそれとなんら変わりのない様子だった。
広い庭園に、四階建ての赤い屋根のお屋敷。暖炉があるために、屋根にはいくつかの煙突が突き出ている。
公爵家の家の前に馬車がとまり、シェザード様が私の手を引いて馬車から降ろしてくれた。
馬車の中でのこともあり、私はどことなく落ち着かない心持ちだったけれど、出迎えてくれたお母様やお父様、クラリスの顔を見た途端に、気が引き締まった。
「ルシル、おかえり。シェザード殿下、……いや、もう私の息子となるのだから、殿下は、よくないのかな。ともかく、フラストリア家へよく来てくれた。ここが我が家と思って、くつろいでくれ」
「フラストリア公爵。ありがとうございます。呼び名については、なんとでも。敬称は、いりません」
「それでは、シェザード。……よければ、君も、私を父上と呼んで欲しい。うちには、息子がいなくてね。シェザードが、父と呼んでくれると、嬉しいのだが」
「はい……、それでは、父上、と」
お父様とシェザード様が和やかに挨拶を交わした。
クラリスが私に駆け寄ってきて、両手を握りしめる。
「お姉様、お元気そうで良かった! お帰りなさい!」
「クラリス、ただいま。元気にしていた?」
「私はこの通り、元気です。王都はどうですか? 学園は楽しいですか? 私も来年には入学です、とても楽しみにしているのですよ」
クラリスは明るく笑って、それから私の耳に唇を寄せる。
「素敵な独身男性はいましたか?」
「ええと……」
私にだけ聴こえるように囁いて、私から離れるとクラリスは悪戯っぽく笑った。
見た目は私とよく似ているのだけれど、クラリスは私よりも明るくて積極的な性格をしている。
そんな妹が、私は好きだった。
一緒にいると、元気を貰えるような気がするからだ。
(独身男性といえば、アルタイル様と……、ノア様も、まだお相手が決まっていないと、噂で聞いたことがあるわね)
クラリスにはとても教えてあげられないのだけれど。
ーークラリスは、シェザード様を好きになってくれるのかしら。
私は自分勝手なことを考えて、心の中でため息をついた。
私がいなくなる未来を知っているからといって、人の心を操ろうとするのはーー最低だわ。
それでも私はーー
「色々教えてくださいね、お姉様。シェザード殿下に……、お兄様と呼んだ方が良いのでしょうか。お兄様にばかりかまうのは嫌ですよ。私とも、お話をしてくださいね」
「わかったわ、クラリス。私も、久しぶりにあなたに会えて嬉しい」
「お嬢様、殿下の御前で、ご挨拶もせずにはしたないですよ」
私の腕に自分のそれを絡ませるクラリスを、馬車から荷物を持って降りてきたアンリさんが咎める。
クラリスは「アンリは口うるさいわよね」と私に助けを求めるように言った。
「ルシル、私はシェザードと話がある。男同士の大切な話をするだけだから、心配しないでも大丈夫だ。ルシルは、ゆっくり休みなさい」
お父様に言われて、私は頷いた。
お母様がため息まじりに「フォードは、来たばかりのシェザード殿下を独り占めするとか、嫌よねぇ」と言っていた。
フォード・フラストリア。父の名前だ。
私とクラリスはお母様に似て、薄紫色の髪と、薄桃色の目をしている。
お父様は、薄い水色の髪に青い目をした、体格の良い方だ。
カダール王国では、武力に優れていることはあまり歓迎されないのだけれど、お父様はカダール人にしては珍しく、狩猟や乗馬や、武術を好んでいる。
体を鍛えるのが趣味で、筋骨隆々、という体つきをしている。
お母様はどちらかといえば、舞台役者のような細身の男性が好きらしい。
お父様がまた筋肉を増やしたと言っては、よく嘆いている。
「ルシル、また後で」
シェザード様は私に視線を送ると、お父様に連れられて屋敷の奥へと入っていった。
残されたお母様とクラリスと私は、久しぶりの再会を喜び、身支度を整えたら夕食前にお茶を飲もう、ということになった。




