雑用係、フランセス・エアリー
ノア様の謝罪を受け入れていると、フランセス様がレグルス先生と一緒に教室から出てきた。
まだ教室の中に残っていたらしい。
「何か揉めている声が聞こえたが、どうした」
レグルス先生がいつも通りの堅い口調と表情で尋ねてくる。
怒られているような感じがするのだけれど、先生の口調は大抵平坦で硬いので、よく分からない。
「揉めている訳ではありません。ルシル様に対するご無礼を、謝罪していました。……フランセス。君もだ。ルシル様に謝罪をするべきだ」
「私をそのように気安く呼ばないでください、ノア様。……私、謝ることなんてありませんわ」
ノア様に咎められて、フランセス様は拗ねたように、ぷいっと私から視線をそらした。
最近のフランセス様は大人しいもので、私に近づいてくるようなことはなかったし、私を聞こえよがしに悪く言うような行動もしていなかった。
まるで私など存在していないように振る舞っていたし、私もフランセス様どころではなかったのであまり気にしていなかった。
私は――大抵、自分のことで手一杯だ。
これは前回も今回も、変わっていない。
「フランセス、君がルシル様に対して言っていた悪言は、皆が知っている。私も君と共に、良くない言葉を口にしてきた。私と君は同罪だ」
「……ノア様、もう良いのです。私が悪かったのですから。それに……、フランセス様は、多分……」
アルタイル様が好きだったのだろう。
今も、好きなのかしら。
フランセス様はあれ以来アルタイル様に怯えているようで、アルタイル様に話しかける様子もない。
直接叱られたのが、かなり堪えたのだろう。
「私が、なんだというのです。ルシル・フラストリア。そうやって言葉を濁すところ、私は昔から気に入らないと思っていましたわ。弱々しい女のふりをして、その実あなたは男性を手玉に取るような強かさもありますもの」
フランセス様が胸を反らしていつもの調子で言った。
レグルス先生が、フランセス様の隣で呆れたようにため息をついている。
「ルシル様はそのような方ではありません。それは、思い込みというものです」
セリカがフランセス様に意見をする。
フランセス様は私を睨んだ。
また、私は――自分では何も言わず、周りの方に庇って貰っている。
こういうところが、フランセス様のように自分でものをはっきりおっしゃる方は、気に入らないのだろう。
「あの……、フランセス様、私はシェザード様が好きだと、きちんと言いましたわ。フランセス様も、はっきりおっしゃったらどうかと思います」
触れてはいけないことのような気がしたけれど、黙っているよりは言い返した方が良いのだろう。
私は今まで黙っていたことを言った。
フランセス様の顔がみるみる赤くなる。
「な、なんのことです……、私、隠していることなどありませんわ……」
「フランセス、君がルシル様を目の敵にしている理由はよく分かった。だが、やめておけ。アルタイル殿下は君の手に負えるような方ではない」
軽く首を振って、ノア様が言う。
「アルタイル殿下は心優しく平等だが、それ故に怖い方だ。エアリー家の家柄は十分アルタイル殿下に釣り合うとは思うが、……ルシル様を貶めていた君を殿下が選ぶとは思えない」
「ち、違います。私、そういうわけでは……」
フランセス様が哀れなぐらいに動揺しながら、一生懸命否定をした。
わかりやすい態度だった。
私はセリカと顔を見合わせる。
ノア様は腕を組んで深く嘆息した。「そのような個人的な理由で、ルシル様を貶めるとは……、いや、私も同じか」と小さな声で呟いた。
「君たちの揉めている理由は理解した。なるほど、若いというのは良いことだな。ルシル、フランセスは今、反省中だ。君を貶めるような行動はもうしないだろうが、謝罪を口にするようになるまではまだ時間がかかりそうだな。気位が高すぎるほどに高いのだろう」
レグルス先生が静かに言った。
「反省中?」
「あぁ。アルタイル殿下が、フランセスがあまりにも暇を持て余しているようだから、何か仕事を与えてやって欲しいと言ってきてな。今日の放課後は、皆が帰った後に学園の掃除。それから、中庭の草むしりと、花壇の水やり。私の書類整理の手伝いと、……それはもう、忙しい。フランセス、君にはルシルをかまっている暇などない。ほら、行くぞ」
「どうして、私が……、今日はエアリー家からお迎えがきますのに……!」
「エアリー家には手紙を出してある。娘の性根をたたき直すために、夏期休暇の間は存分に仕事を手伝わせて欲しいとの返事があった。つまり君は、エアリー家には帰ることができない」
「そんなぁ……」
家人から見放されたような状況だと知ったフランセス様は、途端に涙目になった。
レグルス先生に引きずられるようにして連れて行かれるフランセス様を見送って、ノア様はぽつりと「アルタイル様は容赦がないな……、私もああなるところだった」と青ざめていた。