ノア様からの謝罪
夏季休暇が目前に迫っており、私はお父様やお母様、クラリスから手紙を頂いた。
お父様の手紙からは『シェザード殿下と良い関係になっているようで安心した。夏季休暇に殿下と共に戻ってくることを楽しみに待っている』と無骨な文字で書かれていた。
お母様のお手紙には『ルシルが元気にしているか、とても心配しています。早く顔が見たい』と流麗な文字で書かれていて、クラリスからの手紙には『お姉様たちが落ち着けば、私も輿入れさきを探すことができます。学園には素敵な独身男性はいますか?』と元気よく少し右側が跳ねた文字で書かれていた。
私は三枚の手紙を大切に文机の引き出しにしまって、小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。
ーー私は、クラリスから未来を奪っている。
いつまでも自分を哀れんでいる訳にはいかない。
私はシェザード様だけではなく、クラリスも傷つけようとしているのだから。
(このままでは、いけないわ)
気合を入れるために深く息をついた。
シェザード様と私の関係が深まるほどに、私が失われた後にシェザード様と婚姻を結ぶクラリスは、辛い立場になってしまうかもしれない。
(……シェザード様には、夏季休暇の間に、クラリスとも仲良くなってもらわなくてはいけないわよね)
私がいなくなっても、シェザード様が家族を得られるように。
大切なのは私の気持ちではなくて、シェザード様に幸せになっていただくことなのだから。
一学期の最後の登校の日。
終業式と簡単なホームルームは午前中で終わりだ。
午後には、フラストリア家から馬車の迎えがくることになっていると、ジゼルが教えてくれた。
すっかり、帰郷の準備は整っている。
といっても、特にもって帰るものはない。王都の有名なお菓子やお母様やクラリスへのお土産のちょっとした装飾品などは、ジゼルがすでに準備していてくれた。
シェザード様がフラストリア家に滞在中に不自由ないように、すでにシェザード様の部屋や衣服なども整えてあるそうだ。
どのみち、来年にはフラストリア家で共に暮らすので、徐々に準備ははじめていたらしい。
それなので、準備を前倒しにしたようなものだと、お父様のお手紙に書いてあった。
レグルス先生が夏季休暇の注意事項を説明してくださる。
夏季休暇は長いので、よほどのことがない限りはそれぞれ皆自分の家に帰ることになっている。
夏季休暇の間は、学園は閉じられる。だが、先生たちは学園にいるので、何かあれば連絡をして構わないと言っていた。
セリカも家に帰るのだという。
ユーリさんは、シェザード様と話をしてから決意ができたらしく、隣国への留学の準備をしているらしい。
レグルス先生の話が終わり教室を出ようとしたところで、私はノア様に呼び止められた。
「ルシル様、お話があります」
「ノア様……」
セシルが私を庇うようにして前に出る。
私は大丈夫だと、セシルの腕を引いた。
気持ちはありがたいけれど、セシルの立場はノア様よりも弱い。ノア様に歯向かうことは、恐ろしいだろうと思う。
「お話、とは、なんでしょうか……」
「ここでは、人が多い。場所を変えても良いですか?」
「婚約者ではない男性と二人きりになることは、よくないことです」
「それは……、確かに、そうですね。それでは、このままここで。あまり、廊下で話したいことでもないのですが」
ノア様は苦笑をした。
それから、私の前に堂々とした仕草で膝をついた。
それは、騎士の礼だった。
教室から出て帰ろうとしていた生徒たちが、ノア様のそんな姿を見てざわめく。
それは、そうだろう。
私は廊下でノア様を跪かせてしまった。
セリカが私の腕を引っ張り、私は慌ててノア様に手を差し伸べた。
「ノア様、頭を上げてください。これは、あまりにも目立ちます」
「目立つようにしています。私がルシル様や殿下を皆の前で貶めたこと、謝罪をしたい」
「もう、終わったことなので……、だから、もう、大丈夫ですので」
「大丈夫ではありません。私はルシル様や殿下の名誉を傷つけました。名誉の回復というのは、一番難しい。今でも私の言葉を信じ、ルシル様を快く思わない者もいるでしょう。それは、私の責任です」
「違います、ノア様。全ては私の中途半端な気持ちと態度が招いたこと。私が悪いのです」
「ルシル様は、変わられた。……私はずっと、ルシル様に苛立っていました。そして、殿下にも、嫉妬を」
私はノア様の服を引っ張った。
流石に髪を引っ張るわけにはいかない。
ノア様はやっと頭を上げてくれた。
それから立ち上がると、胸に手をついて、再び深々と立礼をする。
顔を上げたノア様は、どこか苦しそうな顔をしていた。
「殿下は、私よりも強い。武器をとっても、馬術でも、私よりも優れている。それなのに、まともにその力を世の役に立てようとはしない。もったい無いことだと思っていましたし、どれほど努力をしても殿下に敵わない私に苛立ち、嫉妬をしていました。……ルシル様が婚約者に選ばれてからというもの、殿下の行動はそのお立場を忘れているように、よくないものになる一方でした」
「だから、ノア様は私を嫌っていたのですね」
「はい。ルシル様も、立場を弁えずにアルタイル様に阿り……、シェザード殿下を蔑ろにしているように見えました。私は殿下に嫉妬を抱き、それと同じぐらいに、その強さに憧れていましたから……、苛立ちは、募る一方でした。……申し訳ありませんでした」
「ノア様のおっしゃることは、……その通りだと、思います。謝るべきは、私です。……それでも私は、シェザード様が大切でした。だから、……これからは、私は何が大切なのかを、見失ったりはしません」
そうよね。
私は、シェザード様が幸せになってくださることが、一番大切。
シェザード様を幸せにするのは、ーー私でなくても、構わない。
ノア様は、どこか安堵したような表情を浮かべた。
「ルシル様、私を許してくださいますか」と尋ねられたので、私は頷いた。




