ノア・ハウゼン
ノア・ハウゼンはシェザード様やユーリさんと同じ年。
どのような方かと言われれば、ひたすら派手で目立つ――という印象が強い。
輝く金色の髪に、ルビーのような赤い瞳。
シェザード様やユーリさんよりは小柄だけれど、十分背が高く立派な体つきをしている。
カダールでは兵士の立場はあまり厚遇されてはいないけれど、騎士団長というのはまた別だ。
王国の治安を一手に担う兵士たちをまとめ上げる一番位が上の立場にあるので、一目を置かれている。
ノア様も卒業したら騎士団に入り、ゆくゆくは騎士団長を継ぐといわれている。
私たちの元へ堂々とした足取りでやってきたノア様は、挑むようにシェザード様を睨みつけた。
「殿下、このような衆人の面前で、騎士団を愚弄するとは、流石王位のない王子は考えが浅くていらっしゃる。立場を考慮せずに発言できるとは、羨ましい限りだ」
嘲るような表情で、ノア様は言った。
シェザード様は特に表情を変えずにノア様を見据えている。
「ノア様、それは殿下に対してあまりにも失礼ではありませんか」
セリカを背後に庇うようにしながら、ユーリさんが言った。
「お前こそ、無礼だろう。私に文句があるというのか? 腕白い文官のリュデュック家に生まれながら、騎士を目指しているとは片腹痛い。まして、グリーディアに渡ろうとは、我が国の恥さらしだな」
「夢を持つことの何が悪いというのです。どちらにせよ、俺は殿下と話をしていただけです。騎士団も、ノア様も関係がない。口を挟まないで頂きたい」
「関係がない? 殿下の口ぶりは、カダールの騎士団には価値がなく、グリーディアの方が優れている、とでも言いたげだった。それは騎士団を貶めるということだ。殿下が騎士団に価値がないと考えれば、民に不安が広がる。騎士団は民を守るものだからな」
「あぁ……、確かに一理あるか。そうだな。すまなかった」
シェザード様はノア様を相手にするつもりがないらしく、あっさり謝った。
それからユーリさんの肩を叩くと、私を連れてその場から立ち去ろうとする。
そういえば――一度目の時、シェザード様はノア様の腕を折ったという噂を聞いた。
そのときは私はシェザード様の傍にはいなかったけれど、このようにして、ノア様に酷い言葉を言われたのかもしれない。
シェザード様は、怒って当然だ。
けれど、シェザード様の中で何かが変わったのか、その感情は凪いだ湖のように落ち着いているようだった。
「逃げるのですか、殿下。女の前では良い顔をしようとするのですね。王位を失い、目下の者に嘲られても謝るだけとは。牙さえ失うとは、情けない」
「……好きなように、言えば良い。俺にとっては、どちらもどうでも良いことだ」
「ルシル・フラストリアは先頃までアルタイル殿下に色目を使っていた。それを許し、手元に置くのですね。どこまでも――あなたは、二番手だ」
「……っ、違います、それは、違うわ……!」
私は思わず振り向いていた。
シェザード様が私の腕を引く。相手にするなと言っているのだろう。
けれど、どうしても許せなかった。
「何が違うというのです、ルシル様。あなたの態度は、皆が見ている。皆の集まる場で、アルタイル様の傍から離れず、まるで縋り付くようにしているあなたを。皆にどう思われるのか分かっていて、あなたはそのような行動をとっていたのでしょう? そうでなければ、ただの愚か者だ」
「それは……、私に、非があります。過去の過ちは認めます」
ノア様は嫌味だけれど、言っていることは確かに筋が通っている。
私は俯いた。
シェザード様が私を庇うためだろう、片腕で私の体をノア様から隠すようにした。
けれど、私はきちんと言わなければ。
皆が聞いているこの場所で、私の過ちを認めて、――それから。
「ルシル様も思っていたのでしょう? 王位のないシェザード殿下の婚約者になどなりたくなかったと。アルタイル様に見初められて、王妃になりたかった、と」
「違います! 私は、そのようなことは思っていません。確かに私は間違えました。けれど……、それでも私はずっと、シェザード様を……」
「殿下を、なんだというのですか」
「シェザード様の婚約者に選ばれたことを、嬉しく思っていました」
「回りくどいですね、ルシル様。はっきり言えないのは、嘘をついているからでは?」
私は体をびくりと震わせた。
ノア様は私のことを知らない。
けれど、その言葉は私の本質をついているようだった。
――私は、嘘をついている。
女神との約束を誰にも言うことはできない。
シェザード様を傷つける結果になると知っているから、だから――
私の本当の気持ちを、シェザード様に伝えることができていない。
「いい加減にしろ、ノア。……どうやったら、そのうるさい口を閉じる?」
「シェザード様、良いのです。私が、悪いのですから……」
シェザード様が殺気立つのを感じて、私はその腕を掴むと首を振った。
それから、奥歯を噛みしめたあと――震える唇を開いた。
言わなければ。
きちんと、言わないと。
成り行きを見守っている生徒たちの視線が、私に突き刺さっているようだ。
皆、ノア様と同じように考えているのだろう。
全ては、私の行動がもたらした結果だ。
だから――
「私は、……私は、……ずっと、シェザード様が好きでした。今までも、これからも、ずっと好きです。その気持ちに、偽りなどありません……!」
はっきりと、私は言った。
声が震える。やっと、言えた。
羞恥に頬が染まる。けれど、自分の気持ちに正直になれた喜びに胸が震える。
そして――ふと、現実を思い出して、這い上がってくる罪悪感に背筋が凍った。
「ルシル……」
シェザード様が私を引き寄せて、抱きしめてくれる。
感情があふれて訳が分からなくなり、涙がこぼれるのを感じた。
「分かりました。……余計なことを言って、申し訳ありませんでした」
ノア様が拍子抜けしたように言った。




