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勝敗と横やり


 セリカが長い棒の先に赤い布がついた競技用の旗を手にしている。


「今よりシェザード・ガリウスと、ユーリ・リュデュックとの試合を行います。はじめ!」


 セリカのはっきりとした声と共に、地面についた先端を、おもいきり振り上げると風に赤い旗がなびいた。

 競技試合の時は、敬称は使わない。

 一度目の時に何度か騎士志望の生徒たちによる剣による手合わせを見てきたので、その口上は耳にしたことがあった。


 セリカの声と共に、ユーリさんが剣を構えて走り出す。

 ユーリさんは両手で持った模造刀を、右足を軸に踏み込んでシェザード様に向かってたたきつけるように振り下ろした。

 シェザード様は低い姿勢で剣を構えている。

 野生の狼のような鋭い眼差しはけれどとても静かだ。

 ユーリさんはその髪の色と似て、力強い動きが炎のように猛々しく見える。

 だとしたらシェザード様は雪原のように静かで、ひやりとした冷たさを感じるほどだ。


「光栄です、殿下……! 俺は絶対、殿下はお強いと思っていた!」


 ユーリさんの嬉々とした声音も、剣を振るうことが嬉しくて仕方がないという表情も、獰猛な肉食獣のようだ。

 私は胸元で両手を組んだ。

 セリカは私の隣で旗を持ちながら、やれやれ、という感じで小さくため息をついた。

 シェザード様はその言葉にはこたえず、ユーリさんの振り下ろした模造刀を同じ形の模造刀で受ける。

 木刀のぶつかる堅い音が響く。


 重い剣撃を真正面から受けるのは不利だと感じたのか、ユーリさんの力を利用するようにしてシェザード様は剣をいなした。

 振るった力が大きかったせいか、姿勢を崩しかけてたたらを踏んだユーリさんは、すぐさま体勢を立て直すと、再び低い姿勢から剣を振る。


 二撃、三撃と、シェザード様は振るわれる剣を受けた。力の強さで、じりじりと押されているように見える。

 ユーリさんは両手に握った模造刀をシェザード様の脇腹に向けて横に薙いだ。

 横から薙がれた剣は受けるのは困難だ。


 シェザード様の横腹が打たれることを想像した私は、思わず目をそらしそうになる。

 けれど、応援すると約束した。

 最後まで、見ていないと。

 唇を噛み、祈るようにして組んだ両手に力を込める。

 シェザード様はかるく地を蹴って、まるで体の重さなどはないように跳躍すると、ユーリさんの横に薙いだ模造刀の上に足をかけるようにして飛んで、背の高いユーリさんを飛び越えた。

 空中でくるりと体を反転させると、その勢いのままに模造刀を突き出す。


 瞬きをするほどの一瞬で、防戦一方に見えたシェザード様はユーリさんの背後から、その後ろ首へとぴたりと模造刀の先端をあてていた。


「終了! 勝者、シェザード・ガリウス!」


 セリカの声が響き、赤い旗がシェザード様に向けて持ち上げられる。

 その声で私は夢から覚めたように、感覚を取り戻した。

 いつの間にか呼吸をするのを忘れていたみたいだ。

 息苦しさを感じる。

 はあはあと息をつき、乱れた呼吸を胸を押さえて整える。

 生徒たちの歓声が聞こえる。

 拍手の音も、響いた。


 シェザード様が、皆に褒められている。

 まるで自分のことのように、嬉しい。


 女生徒たちばかりがシェザード様に憧れに似た眼差しを向けていると思っていたのだけれど、今は男子生徒もその強さに、俊敏で冷静な動きに、熱狂しているように見えた。


「やっぱり、強いですね……」


 ユーリさんは、少しだけ落ち込んだような声で言った。

 模造刀を下げて、深々とシェザード様に向けて礼をする。


「いや、……お前も、強い。剣が重く、まともに受けることができなかった」


 シェザード様もユーリさんに声をかける。

 剣を握っていた手を軽く振った。


「馬鹿力だな。手が痺れた」


「ありがとうございます! 力が強いことだけが取り柄で。だから、騎士になろうと思っていたのですが。けれど、俺の家は文官の家系で、皆に笑われています。リュデュック家から騎士になったところで、出世はしないだろうって。だったら、堅実に文官か神官になるべきだと言って」


「カダールでは、兵士はあまり厚遇されないからな」


 シェザード様はどこか遠い目をして言った。

 国王様に、剣を振るうことは野蛮だと罵られたことを思い出しているのかもしれない。


「はい。だから、……隣国へ渡ろうかと、思っています」


「グリーディアへか」


「グリーディアでどの程度俺の力が通用するか分かりませんが、あちらでは強さとは正義です。だから、身を立てることができる可能性が、カダールよりもあるかと」


「……どうだろうな。確かに、一理あるかもしれないが。……カダール王国の者を受け入れるのかはよく分からない。あちらはカダール人を、脆弱な守護対象だと思っている。だから、相手にされず、むしろ馬鹿にされるかもしれないな」


「はい。そうですね。……できれば、あちらの士官学校に編入したいと考えています。そこで、俺の可能性を見極めたい」


「それならまだ、可能性はある」


「そうですよね……! ありがとうございます、殿下! そう言って頂けて、勇気がでました!」


 ユーリさんは嬉しそうに笑った。

 シェザード様の表情は変わらなかったが、そこには人を突き放すような冷たさも、苛立ちも感じられなかった。


 もう一度ユーリさんは礼をする。

 シェザード様も試合の礼儀として、軽く頭を下げると、真っ直ぐに私の元へと歩いてくる。


「ルシル」


 名前を呼ばれた私は、シェザード様がどこか期待に満ちた眼差しで私を見ているのを感じた。

 まるで褒められることを待ちわびている、毛足の良い大型の飼い犬のように見えた。


「……おめでとうございます、シェザード様! 素敵でした!」


 私は、精一杯大きな声で言って、労るようにシェザード様の両手をぎゅっと握りしめる。

 シェザード様は口元に僅かに笑みを浮かべた。

 私の隣では、ユーリさんがしょんぼりした顔でセリカに近づき、その背中をばんばん叩かれていた。


「――隣国に渡る? 愚かな行為を肯定するとは、殿下は、カダールの騎士団を愚弄しているのですか」


 怒りに満ちた声が響いたのはそんなときだった。

 試合が終わってほっとしていた私は、驚いて声のした方に顔を向ける。

 見物する生徒たちの合間を縫うようにして、こちらに向かって歩いてくる人影がある。


 それは、騎士団長の息子であり、次期騎士団長になる予定のノア・ハウゼンだった。




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