隣国との同盟
夏休みは、七月の上旬から八月の終わりまでの二ヶ月弱。
七月のはじめにあった学期末試験を過ぎて、試験が終わって皆気が抜けたのか、どことなく怠惰な空気が教室に満ちていた。
私はセリカと一緒に半円状に並べられた長机の一番前の席に座り、授業を受けていた。
「カダール王国の国土は、隣国のグリーディア王国の三分の一と小さく、冬が長く雪が多いために資源に乏しく農業物も取り辛い。軍事力を増強するよりも、神に祈りを捧げることが美徳とされている国だ。それでも、今まで他国からの侵略を防ぐことができたのは、どうしてだと思う? ルシル・フラストリア。答えることはできるか?」
教壇に立っているのは、レグルス先生。私たちの担任だ。
長い黒髪を一つに結んでいる、眼鏡をかけたすらりとした体つきの男性で、二十代後半か、三十代手前に見える。
あまり表情の変わらない方だ。
セリカは時折「金クジで一等賞をあてるよりも、レグルス先生が声をあげて笑う確率の方が少ないのではないかしら」と言っている。
「はい。グリーディア王国が同盟国として、我が国を守ってくださっているからです」
私は名前を呼ばれて、質問に答えた。
レグルス先生は静かに頷く。
「そうだ。グリーディア王国は、軍事力のある国。特に、竜の名を冠しているドラグーン騎士団は大陸最強とも呼び声が高い。古くから我が国とグリーディア王国は同盟国にある。現王妃様も、元はグリーディアの姫であり、同盟の結びつきを強くするためにカダールに嫁がれている。そうですね、アルタイル王子」
アルタイル様は問われて、「アセラ・グリーディア。母の元々の名前です。グリーディア王国の一の姫でした」と言った。
「ありがとうございます、アルタイル王子。さて、――この同盟だが、グリーディア王国には何ら利のないように聞こえるだろう。我が国のような小国を守る利益とは、なんだろうか。フランセス・エアリー。答えなさい」
「……我が国は、女神の守護がある国です。神の塔での神託は、未来を、真実を知るためのもの。ですから、グリーディア王国は我が国を重用してくれているのです」
フランセスは、やや覇気のない声で答える。
いつも堂々としていたはずのフランセスは、先日の一件から元気がない。
アルタイル様に注意を受けたことが、よほどこたえたのだろう。
「よろしい。神の塔での信託は、我が国の者でないと受けることができないと言われている。カダール王国の北の果て、神の山の中腹にある神殿。そこは雪からも寒さからも守られ、いつ訪れても花が咲き乱れているという。けれど――女神の神託は、本当に必要な者だけが受けることができるものだ」
その話は、王国の者なら誰でも知っていた。
王国の神官たちは、毎日のように神の塔と呼ばれる神殿に訪れている。
けれど誰にでもその門戸が開かれるわけではない。
神が選んだものだけに、塔の門が開く。
女神は――必要な者の前にしか、姿を現さないのだという。
それは神官であれ、庶民であれ、誰にでも平等である。
不治の病の母親のために神の塔を訪れた子供に、女神が治療のための薬草のある場所を教えた――とは、有名な伝説のうちのひとつだ。
女神とは、ネフティス様、イシス様の二人の女神。
ネフティス様は葬送の神。
イシス様は豊穣を司るといわれている。
私は、ネフティス様に会っている。
神々しくも、恐ろしく、美しい姿をしていた。
「神託は、これから起る戦争や、天災――そのようなことに触れることもある。祈りが女神の心を動かし、何度通っても開かなかった門戸が、不意に開くこともある。グリーディア王国はそれを知っているからこそ、我が国を他国から守ってくれている」
私はちらりとセリカに視線を向けた。
一度目の時、セリカは婚約者のユーリさんと共にグリーディア王国に留学に行っている。
詳しいことは知らないけれど――ユーリさんが騎士を目指しているとしたら、騎士団の価値がカダール王国よりもずっと認められているグリーディア王国に渡るのも、理解できるような気がした。