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正直に話すことで解決する悩みもある



 放課後で誰もいないとはいえ、廊下で抱き合うのは褒められた行動ではない。

 罪悪感と、それから恥ずかしさもあって、私はシェザード様の胸をそっと押した。

 フランセスも、アルタイル様もーー結局、一度目の私があんな終わりを迎えたのは、私に全て原因がある。

 分かっているつもりだったけれど、ようやく今になって、やっと本当の意味で理解できたようだった。


「大丈夫です、私……」


「何かあったのか? 隠さず、教えて欲しい。ルシル、俺は役に立たないかもしれないが……できることなら、頼って欲しい」


 シェザード様が気遣うように言ってくれる。

 私を抱きしめる腕の力は、弱まるより寧ろ強くなり、すっぽりと体を包むようにしてぎゅっと抱きしめられた。

 静かな廊下の窓からは、西日が差し込んでいる。

 夏の気配を感じるやや強い日差しが、濃い影を作り出していた。


「役に立たないなんて……! シェザード様がいてくださるから、私は……、私は、頑張ることができるのです。シェザード様はお強くて、聡明で、度胸もあって、優しくて……、頼りにしています」


「ありがとう、ルシル。……何かあったのだろう。職員棟の指導室に、俺と共にアルタイルも呼び出されていた。話がすんで、アルタイルは先に、部屋を出た。すれ違わなかったか? 何か、言われたのか」


 フランセスとのやりとりも、アルタイル様とのことも、私の中では終わったと思っている。

 本当は気づかれずに済めばそれでよかったのだろう。

 シェザード様がどう感じるのかわからず、先程のことを伝えるのは怖いような気がした。

 けれど、誤魔化すのも、隠すのも、違う。

 シェザード様は私を信頼してくれている。

 私はその信頼を、なるだけーー私に許される限り、裏切りたくない。


「……私、シェザード様を待っていようと思って。そうしたら、フランセス様に呼び止められました。シェザード様の婚約者でありながら、アルタイル様に近づく私の態度を、咎められました」


「フランセス……、エアリー公爵家の長女だったな。酷い言葉を言われたのか?」


「いえ。フランセス様は間違っていません。私に問題があったのですから」


「それは俺のせいでもある。……ルシル、俺がお前の婚約者として相応しくない行動ばかり取っていたから、アルタイルは俺の代わりをしようとしていたのだろう。ルシルが悪いわけではない」


「違います。私、もっと早くに……、シェザード様に勇気を出して、話しかけていたらと思います。もっと早くに、一歩踏み出していたら、と。……私の態度が、皆を傷つけてしまったのです」


 ーーもっと、早くに。

 本当に、そうだ。

 時が、巻き戻る前に。

 あんなことになってしまう前に、勇気を出して行動していたらと、思う。


「……フランセスに一方的に責められているように見えたのでしょう。アルタイル様が通りかかって、私を助けてくださいました。……それから、少し話をして」


「先を越されたな。……俺が、ルシルを救いたかった。……だが、それで良かったのかもしれない。アルタイルのように言葉でうまく物事を解決する方法を、俺は知らない。フランセスに暴力を振るうような結果になっていた可能性がある」


「シェザード様は、優しい方です。……そのようなことには、ならなかったと思います」


「ありがとう、ルシル。……お前は俺を、信じてくれている。お前の信頼を裏切らないようにしたい」


「信じていますよ、当然です。シェザード様は、無意味な暴力を振るったりしません。それと……、女性に手をあげたりもしません。……私に苛立つことはあっても、何か酷いことをなさったりはしませんでした。私の足に少し傷ができたこと、ずっと気に病んでいてくださいました」


 一度目の時だって、シェザード様は私を刺そうとなんてしていなかった。

 もしかしたらーーあれは、アルタイル様に対しての、単なる脅しのつもりだったのかもしれない。

 私が身を挺して庇うようなことをしなければ、あんなことにはならなかったのかもしれない。

 今となっては、分からないけれど。


「……ルシル。……アルタイルには、何か言われたか?」


「はい。……アルタイル様は、私に好意を抱いてくださっていた、と。……学園に入学してからずっと、私はアルタイル様を避けていたので、……それは、シェザード様のためなのかと、問われました」


「アルタイルの感情には、薄々気づいていた。……あれは、誰にでも優しいが、誰にでも冷たい。あれが本当の意味で気にかけているのは、ルシルだけだ。だから、そんなところだろうとは、思っていた」


「……私は、鈍いみたいです。気づきませんでした。これっぽっちも」


「以前の俺なら、お前もアルタイルが好きなのだろうと、思うところだが、……お前がそう言うからには、本当にそうなのだろう」


 また疑われるのかと思ったのだけれど、シェザード様はあっさり納得してくださった。


「アルタイル様は、これからはシェザード様の弟として、私とは距離を置いてくださると言っていました。それから、シェザード様と私が親しくなってくれて、嬉しい。シェザード様と、もっと仲良くなりたい、と」


「……それは、無理だな。……俺はアルタイルと親しくしたいとは思わない。あれはあれの道を歩めば良い。それは、俺には関係のないことだ」


「ご兄弟なのに?」


「兄弟、か。……兄弟でなければ、何の感情も、感慨も、湧かなかったのだろうな」


 シェザード様は皮肉げな笑みを浮かべて、私の首筋に顔を埋めた。

 硬そうに見えるけれど案外柔らかい髪が頬に触れるのがくすぐったい。

 この話は、もうこれで終わりなのだろう。

 それ以上アルタイル様のことは話したくないと言うような仕草だ。

 私はシェザード様の髪をそっと撫でた。


「先生との話し合いは無事に終わりましたか?」


「あぁ。成績について疑われていたが、アルタイルが元々俺の城で家庭教師がついていた頃の成績が、自分よりも良かったのだと説明すると、納得していた。結局俺もアルタイルに助けられている。情けないことだ」


「情けなくなんてありません。私も妹が困っていたら助けます。妹も、私が困っていたら助けてくれようとするでしょう。血の繋がった、家族ですから」


「……俺は、お前と家族になれるだろうか」


「フラストリア家は、シェザード様の家族になります。夏休みには、皆を紹介しますね」


 私はーー

 私が、シェザード様の家族になりたい。

 そう言いたかった。

 けれど、喉の奥まで出そうになった言葉を、なんとかおさえつける。

 極力明るい声で私は伝えた。

 私がいなくなっても、妹が、クラリスがいる。

 クラリスは良い子だ。優しくて、明るくて、気遣いもできる。

 ーーだからきっと、大丈夫だ。


 私たちは、夕暮れの道を寮まで手を繋いで帰った。

 シェザード様と親しくなることはできた。

 それなら、刻々と失われていく残された時間で、私のやるべきことは何だろうと、考えていた。



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