アルタイル様の本心
アルタイル様の様子に、フランセスは間が悪そうに俯いた。
私に怒っていた先ほどまでの勢いはなりを潜めている。
アルタイル様は私を庇うようにして、フランセスとの間に立った。
アルタイル様とはなるだけ関わらないようにと思っていた私だけれど、この状況で立ち去ることはさすがにできない。
「エアリー嬢、あなたの声は廊下に響いていましたよ。僕のことについて勝手に邪推するのはやめてもらいたいですね」
「アルタイル様……、違うんです、私は……」
フランセスの声が震えている。
アルタイル様の怒りも最もだけれど、フランセスの私に対する糾弾も、全て間違っているというわけではない。
元々私にも原因があった。
そのせいか――とても、いたたまれない気持ちになる。
「ルシルと兄上、そして僕のことは、エアリー嬢には関係のないことです。他人のことについて口を出すほどに、エアリー嬢は暇を持て余しているようですね。今度、そのように教師に伝えておきましょう。何か良い役割を、あなたに与えてくれることでしょう」
アルタイル様は不機嫌な表情を笑顔に変えると、良いことを思いついた、とでもいうように言った。
「例えば、そうですね。放課後の掃除や、庭園の草むしり、模擬試合用の武具の手入れ、……色々と、やることはありますね。エアリー嬢が手伝いたがっていたことを知れば、きっと先生も喜びます」
「私、暇ではありません……!」
「暇ではないのですか? 暇だから他人のことばかり気になるのではないですか? 僕がルシルと兄上を心配するのは、僕がシェザードの弟だからです。家族のことを気にかけるのは当然ですが、エアリー嬢は他人ですよね。そうやって口を挟みたくなるのは、暇な証拠。僕があなたの暇を潰す提案をして差し上げているのですから、喜ぶべきなのでは?」
「っ、あ、ありがとうございます……」
フランセスは怯えた様子で何度も頷いた。
それから、取り巻きの皆さんとともに、礼をすると、私たちの前から逃げるように去っていた。
「……ルシル、大丈夫ですか?」
アルタイル様と二人きりになってしまった。
私はお礼を言って早々に立ち去ろうと思い、アルタイル様から一歩離れる。
「ありがとうございました。私なら大丈夫です、そんなに気にしていませんし。それでは、これで」
「待ってください、ルシル。……僕を、避けていますよね?」
「そういうわけでは……」
避けています。
だって、私はシェザード様が大切なので……!
アルタイル様には本当に申し訳ないけれど、私がアルタイル様と親しくしてしまうと、シェザード様が一度目と同じ運命をたどることになってしまう気がする。
それに、アルタイル様にはたくさんの人がいるけれど、シェザード様には今はまだ、私しかいない。
その状態が良いとは思えないけれど、ようやくシェザード様が心を開いてくださるようになったばかりなのだ。
色々考えるのは、これからで良い。
「ルシルはこのところ、兄上と仲睦まじくしているようで、僕は――良かったなと、思っています。……というのは、嘘になりますね」
「嘘、ですか……?」
立ち去ろうとした私の腕を、アルタイル様が掴んだ。
振りほどく訳にもいかずに、私はアルタイル様を眺める。
にこやかな表情と、穏やかで優しい声音は変わらない。
けれど、嘘、という言葉に背中がぞくりと粟立った。
「兄上がルシルを傷つけるのではないかと心配していたのは本当です。……このまま、うまくいかなければ良いのにと、思っていました。……兄上の婚約者にあなたが選ばれたとき、僕は兄上が羨ましいなと、思ったんです」
「それは、どういう……」
「ルシル、僕もあなたを以前からずっと好ましく思っていました。……そうですね、あなたが、好きでした。だから、兄上よりもあなたが僕を頼ってくれることを、嬉しいと感じていました」
「……アルタイル様」
なんて答えて良いのか分からずに、私は唇を噛みしめた。
そんなことを言われても、困ってしまう。
嬉しいとは思わない。
ただ、困惑するだけだ。
アルタイル様はじっと私を見つめた後に、肩の力を抜いたようにしてふと笑った。
「というのが、僕の本音です。今までの、本音。けれど、――兄上が、幸せになってくれて嬉しい。これも、本音です。……僕が兄上を気にかけるほどに、兄上にとっては煩わしさが増すだけのようでした。僕には、どうすることもできなかった。……ルシルだからこそ、兄上が受け入れてくれたのだと思います」
「アルタイル様は、シェザード様が冷遇されている理由をご存じなのですか?」
「父や母に何度も尋ねましたが、そのことについては、お前には関係がない、の一点張りで。……僕にも、分かりません。兄上は昔からずっと、僕より優秀だったのに」
「アルタイル様にさえ、理由を言わないのですね……」
国王陛下と王妃様は、一体何を隠しているのだろう。
子供を愛することができない――それだけなら、理解できる。
でも、アルタイル様は大切にされている。
シェザード様に落ち度があるとは思えないのに。
「ルシルは本当に兄上のことしか考えていないのですね。僕の告白も、まるで興味がないようだ」
「ごめんなさい、私……、アルタイル様には失礼な態度をとっていました。今まで助けていただいたのに、避けるようにしてしまったこと、申し訳なく思っています」
「良いんですよ、ルシル。兄上のためですよね」
「……はい。私がアルタイル様と親しくすることは、シェザード様に対して不誠実だと感じて」
「そこまでルシルに想って貰えるなんて、兄上は幸せですね。……ルシル、僕の感情は、これできちんと片がつきました。あなたに伝えることができて良かった。これからは、シェザードの弟としての距離感をきちんと保っていきます。できれば兄上とも、和解したいと考えています」
「私も、シェザード様とアルタイル様には仲良くなって欲しいと思っています……!」
「ええ。……いつか、そうなれば良いと、願っています」
「兄上を待っているのでしょう?」と言って、アルタイル様は帰っていった。
廊下に一人残された私は、よろよろと壁に寄りかかって深く息をついた。
たくさん色々な感情を向けられたからか、なんだか疲れてしまった。