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フランセス・エアリー

 私に対する陰口は、私がシェザード様だけでなくアルタイル様にも色目を使っていた、ということが発端だ。

 色目を使った覚えはないけれど――結局、そう見えてしまったのだろう。


 けれど今は、どうなんだろう。

 シェザード様とばかり過ごしている私は、アルタイル様とはあまり関わっていない。

 もちろんご挨拶はするけれど、話しかけられる前に私はアルタイル様のそばから逃げるようにしていたし、朝も昼も、夕方も、シェザード様と過ごしていたから、――そのような勘違いをされる隙は、見せていないはずだけれど。


 放課後、私はシェザード様に会うために学園内に残っていた。

 セリカは婚約者のユーリの元に行くと言っていた。

 セリカが「婚約者に苦労する」と言っていた通り、ユーリさんは、たいそう寂しがり屋なのだという。

 ユーリさんを優先しないとすぐに拗ねてしまうのだと、溜息混じりに言って笑っていた。それでも、満更ではなさそうな様子だったので、セリカもユーリさんが好きなのだろう。


 私がシェザード様が好きなように。

 それだけは――、その感情だけは変わらないという、自信がある。


 シェザード様は昼休憩の時間に、放課後は教師に呼び出されたと言っていた。

 三年生も私たち一年生と同じで学期末試験があり、その結果について話があるらしい。

 最近きちんと授業を受けるようになったシェザード様は、今までは試験も適当に受けていたらしく、あまり成績が良くなかったそうだ。

 けれど今回は、一位だったと、少し言いづらそうに言っていた。

「不出来だと思われては、フラストリア家に迷惑がかかるだろう」と言うシェザード様はどこか恥ずかしそうで、私は何度もシェザード様を褒めながら、少々照れてしまった。


 教師から呼び出された理由は「今までとの成績の差異に、疑問を持たれた」からだと、シェザード様は言っていた。

 身から出た錆なので、何を言われてもあまり気にしない、と。

 私はそれでもシェザード様が心配で、「自習室に残って待っているから一緒に帰りましょう」と告げてある。


 自習室は私たちの教室のある一階の、職員棟の手前にある。

 試験前は放課後自習をする方々もたくさんいたけれど、試験が終わったばかりなので皆自由に過ごしているのだろう、廊下にはひと気がなく、静かなものだった。


「――待ちなさい。ルシル・フラストリア」


 名前を呼ばれたので、足を止める。

 振り向くと、フランセスが何人かの友人たちを連れて私の方へと堂々とした足取りで近づいてくるところだった。

 フランセス・エアリーは金色の豪奢な髪をした、美しい顔立ちをした方だ。

 涼やかな青い目も、白い肌も作り物のようで、『黙っていれば人形みたいなのに』とセリカが良く言っている。

 小柄だけれど、いつも胸を張ってまっすぐ前を見ているからか、実際の身長よりも大きく見える。


「フランセス様、ごきげんよう」


 私は挨拶をした。簡単な挨拶だけれど、他に良い言葉が見つからなかった。

 フランセスと話すことは、私には特にない。

 フランセスは私の前で足を止めると、挑むように私を睨みつけた。


「ルシル。祝春の式典の、王家の祝賀会に姿が無かったと思ったのだけれど、シェザード殿下と二人で、朝帰りしたと聞いたわ。噂によれば、城下の宿で泊まったとか。婚姻前に、褒められた行動ではないこと、分かっているの?」


「……ええ、まぁ」


 私は内心ため息をついた。

 そんなことは理解している。

 理解した上で、そうしているのだから、放っておいて欲しい。

 私とシェザード様のことは、フランセスには関係がないのに。


「寮のお互いの部屋を堂々と行き来して、他の生徒たちは困っているのよ。シェザード殿下の素行の悪さは評判だけれど、あなたまでそれにつられて、同じようにふしだらな行動をとるなんて。あなたは殿下の婚約者として、素行を正す立場にいるのではないの? 私、同じ公爵家に生まれた女性として、恥ずかしいわ」


「それは……、ごめんなさい。フランセス様がそのように感じているなんて、思いませんでした」


 そんな理由で怒っていたのかしら。

 私は早々に謝ることにした。

 フランセスの心情に構っている余裕はないし、謝って納得してもらえるならそれが一番だと思う。


「謝るのは、後ろめたいことがあるからなのでしょう? アルタイル様に色目を使っていたと思ったら、シェザード殿下に媚を売るのね。あなたは、どんな男性にもか弱い女のふりをして近づいて、その心を手玉に取るのが好きなのね。男であれば、誰でも良いのだと、噂されているわよ」


「……っ、違います。まさか、そんなわけありません……!」


 どこの誰が、そのような世迷いごとを言っているのだろう。

 流石に、少し腹が立った。

 私の気持ちを否定されたような気がしたからだ。


「私は、シェザード様が好きです……! だから、側にいるんです。何を言われようと構いませんが、シェザード様への感情に嘘があると言われることだけは、許すことができません!」


「……そうなの。……それなら、アルタイル様にはもう近づかないで」


「近づいていません」


「アルタイル様は、祝春の祝賀会にいらっしゃったけれど、ずっと気もそぞろだったわ。あなたがいなかったからよ。今までずっとアルタイル様の側にいたあなたが……。酷い女。最低だわ」


「……それについては、……私に、落ち度がありました」


「大人しそうな態度で、顔立ちで、男を騙すのがお得意なのでしょうけれど、アルタイル様はあなたのせいで傷ついているわ。婚約者も選ぼうとしない。アルタイル様とシェザード殿下に奪い合いをされて、さぞ気分が良いことでしょう」


「確かに私に落ち度はありましたが、そんな風に思っていません。私は、シェザード様だけを愛しています……!」


 シェザード様には、言えない。

 けれど――今は、シェザード様はいらっしゃらない。

 私は私の気持ちを、堂々と告げることができる。

 フランセスは、俄かに目を見開いた。

 ご友人の方々も、顔を見合わせている。

 私の答えが意外だった、という顔だ。


「……それぐらいにしておいたらどうですか。僕のいないところで、僕の話をされるのは、あまり、気分の良いものではありません」


 落ち着いた静かな声音が、廊下に響く。

 職員棟からこちらに向かってくるのは、いつも柔和な笑顔を浮かべているのに、珍しく不機嫌そうに眉をひそめているアルタイル様だった。


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