幸福と罪悪感
宿泊所に泊まった翌日の朝、私はシェザード様と共に学園に帰った。
「外に出ずに、今日はゆっくり休め。何かあったら呼ぶように」と、シェザード様は私に言った。
私の部屋まで共に来てくださり、ジゼルにも街で起こったことについて、事情を説明してくれた。
フラストリア公爵家には、早々に謝罪の手紙を書くという。
そんなに気を使わなくて良いと言ったのだけれど、「婚約者として責任を果たすのは当然のことだ」と言われてしまうと、それ以上何も言えなかった。
それでもし私のお父様がお怒りになっても、許して貰えるまで謝罪をすると言う。
今までのシェザード様とは別人のようで、私に対する気遣いや親愛の情を感じるほどに、罪悪感にじくじくと心が痛んだ。
見えない傷から、絶えず血が流れているようだった。
できることなら、全てを洗いざらい話してしまいたい。ごめんなさいと、謝りたい。
ずっと、一緒にいることはできない。
そう、伝えたい。
恨まれても憎まれても良い。それでもシェザード様に幸せになって欲しい。
私には、他に良い方法が思いつかなかった。だからーー
(私、いつも駄目だわ。……これで良いと思ってとった行動が、全て悪い方向にいってしまう……)
もっと私が賢ければ、上手に立ち回ることができていたら。
でも、考えても考えても、分からない。結局、ーーこのままでは、シェザード様を傷つけてしまう。
「殿下は、随分と雰囲気が変わりましたね、お嬢様。どうなることかと心配していたのですが、安心しました。お嬢様を危険な目に合わせたことについてはどうかと思うところもありますが、それでも、お二人が今までよりもずっと親しくなったこと、喜ばしく思います」
私に紅茶と菓子の準備をしてくれながら、ジゼルは言う。
あまり、シェザード様についてよく思っていない様子のジゼルだったけれど、少し気持ちが変わったみたいだった。
考え事をしていた私は、思考の海から意識を浮上させる。
「シェザード様に、お話を、色々聞いたわ。……国王陛下と王妃様は、ずっと昔から、シェザード様を蔑ろにしていて……、私はお父様とお母様に大切に育てていただいたから、シェザード様の気持ちが全てわかるというわけではないけれど、辛い思いを、なさっていたのよ」
「王位をアルタイル様に奪われて、世を拗ねているーーというだけでは、なかったのですね。殿下の立場があまり良くないことは存じ上げていましたが、詳しいところまで知っているものは少ないと思います。お嬢様に話をしてくれて、良かった。私も少しは、殿下の立場を理解することができました」
「フラストリア公爵家に婿入りをするということは、王家にとって、必要ないと言われることと、同じだもの。……私、もっと早くに、それに気づけば良かった。シェザード様に嫌われているとばかり思って、怯えていたの。愚かだったわ」
できればもっと早く。
私の命が失われる前に、それに気づくことができれば。
考えても詮方ないことを、幾度も反芻している自分に気づいて、私は小さくため息をついた。
「お嬢様はお優しいですね。それでも私は、ーーお嬢様に対する殿下の以前の態度については、あまり良くは思えません。お嬢様の婚約者がアルタイル様であれば良かったと、何度思ったことか」
「ジゼル。良くないわ」
「そうですね。でも、アルタイル様の評判が良いことは確かですので……。ごめんなさい、お嬢様。出過ぎたことを言いました。今日の殿下の様子であれば、きっと、……シェザード殿下の評価も、変わるかと思います。もとより、フラストリア公爵ーー旦那様は、殿下のことを心配しておいででしたから。お嬢様と殿下が仲睦まじくなってくださったら、とても喜ばれると思いますよ」
「お父様は、シェザード様について詳しく知っているのかしら」
「お嬢様は、旦那様から事情を聞かれたのでしょう?」
「えぇ。第一王子でありながら、王位継承権をアルタイル様に譲ったこと。……譲ったというか、国王陛下が、アルタイル様を王にすると選んだこと。シェザード様が、冷遇されていること。ーー理由は、分からないと言っていたわ。お父様の立場であっても、王家の事情に口を出すのは、不敬になってしまうでしょうから」
「それでしたら、旦那様はそれ以上のことはご存知ないと思います。殿下は、何か言っていましたか?」
「理由は、分からないって。一緒に国王陛下の元に行こうと言ったの。でも、どうでも良いと言っていたわ。フラストリア公爵家に婿入りするのだから、もう、良いのだって。……国王になりたいというわけではないと、言っていたの。……それで、良いのかしら」
「殿下が良いと言うのなら、良いのだと思います。これからは、お嬢様が殿下の傍にあるのですから。誰かを大切に思うことで、心が救われることもあるのでしょう。お嬢様は、殿下のお心を、救ったのですね」
「……ありがとう。……そうだと、良いわね」
ジゼルは、私を励ますように「そうですよ!」と力強く言ってくれた。
私にはーー女神様にいただいた仮初の命で、生かされていることが、罪であるように感じられた。




