女神との約束
そこは黄金に輝く宮殿だった。
金で作られた柱が並び、壁の代りに星空が広がっている。
まるで、果ての無い夜空の中へ立っているようだ。無数の星が瞬き、まるで吸い込まれてしまいそうだった。
どこまでも続く広大な星空に聳える宮殿に、私は跪くようにして座っている。
星空に比べて私はあまりにも小さい。動物が炎を前にしたときのような、原始的な恐怖を感じた。
私の前に、一人の女性が立っている。
長く白い布地の衣服を身に纏い、足元まで伸びる長い黒髪はほつれ毛ひとつなく艶があり嫋やかである。腕や首は大粒の宝石をいくつも使った装飾品で飾られていた。
頭の金冠から、黒いヴェールが垂れている。ヴェールは女性の顔を覆い隠している。
手にしているのは長い杖だった。杖の先は尖った耳のある狐に似た動物を模した形になっている。
杖を持たない方の女性の片腕からは、美しい鳥の羽がはえていた。
肩から続く白い鳥の羽は、大きく広がっている。
言葉を失うほど美しく恐ろしい姿だ。それは人ではなく――私などがその姿を見ることは烏滸がましい、神々しい存在であることをすぐに理解した。
私は床に額を擦りつけるようにして頭をさげる。
「私はネフティス。葬送の神」
頭の中に直接声が響いているようだった。
ネフティス。それは女神の名前だ。
王国には国教があり、その中には女神ネフティスの神話もある。
神の存在を疑ったことはないけれど――でも本当に、こうしてその姿と対面することになるなど、考えたこともなかった。
「……ネフティス様、私は、私の命は」
絞り出すように、私は言った。
分かっている。
けれど、確認せずにはいられなかった。
「ルシル・フラストリア。あなたの命は失われた。シェザードの剣からアルタイルを守り、あなたはその胸を切り裂かれました」
「はい……」
涙があふれたような気がした。
けれど、実際に涙が零れると言うことはなかった。
私の体はブリキで出来た人形のようで、温度もなく、呼吸もしていない。床に座っていると言う感覚にも乏しく、けれど感情だけは作り物めいた体の中にも存在しているようだった。
「あなたの切なる願いに温情を与えましょう。一度だけ、時を戻します」
「……時を、戻す?」
「ええ。あなたに、猶予を。けれど――死の理から逃れることはできません」
死の理。
私は頭の中でその言葉を反芻した。
景色がぼやけていく。女神の姿が徐々に薄ぼんやりと透けるように消えていく。
「同じ日、同じ時間にあなたは命を落とすでしょう。同じようにシェザードに刺されるか、事故か、病気か――それはわかりません。けれど、あなたの命には限りがある。蝋燭の炎が必ず消えてしまうように、あなたの命の燈火も、失われるでしょう」
「それでも、構いません。私は……!」
「あなたは私との約束を誰にも話すことができない。私との邂逅を。そして時が戻り、あなたがやがて死に至ること。あなたはそれを口に出すことも、文字に書くこともできない。それでもあなたは愛するものを救いたいと願いますか」
「はい……! どうか、お願いします。私は、シェザード様を救いたい」
「――残酷なことです」
それが最後だった。
どこか悲しみと哀れみに満ちた女神の言葉が、頭の中に残響する。
そして――私は目を覚ました。
そこは、いつもの自室の、ベッドの上だった。