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エレイン・ローリア



 シェザード様とエレインさんがお話をしているのを、私は所在なく立って待っていた。

 胸の奥で鬱々と膨らむ気持ちに極力気付かないようにしながら、エレインさんを見つめるシェザード様の優しげな眼差しをそれとなく眺める。


(シェザード様は……、エレインさんが好きなのかしら。……だから、私が邪魔だったの?)


 あの時ーー私が、シェザード様に刺された時。

 シェザード様はアルタイル様に剣を振り上げたのだと思っていたけれど、でも、本当は私が邪魔だったからーー


(そんなわけ、ないわよね。……だって、私を抱きしめて、泣いてくれたもの)


 私は軽く首を振った。

 嫌な気持ちというのは、記憶さえ書き換えようとしてくるのかしら。

 こんな感情は初めてだ。

 まるで、心臓にちくちくと針を刺されているみたいに、痛い。


「ルシル、エレインを家まで送る。エレインの家は、ここから離れている。お前は……、安全な場所で待っていろ」


「はい……」


 シェザード様の声に、思考の海に溺れていた私は、ハッとして顔を上げた。

 シェザード様の腕に、エレインさんが腕を絡めている。

 あまり見たくなくて視線を逸らす。


 返事、声が小さくなってしまった。

 私はシェザード様の幸せを願っていて、シェザード様がエレインさんを大切にしたいのなら、それは喜ばなくてはいけなくて。

 だって私はシェザード様のそばにずっといることができるわけじゃない。

 私はーーひどい嘘を、ついているのだから。


「あ、あの、私……、帰りますね……! 私は一人で大丈夫ですし、お洋服も汚れてしまいましたし、迷惑、かけたくないので、……だから……、助けてくださって、ありがとうございました!」


 頭を、切り替えなければ。

 私は私のために、シェザード様とお祭りを楽しみたかったわけじゃない。

 あんまりーー楽しかったから、勘違い、してしまう。


 私は大丈夫だと、明るい笑顔を浮かべた。

 大丈夫よね、笑えているわよね。

 私とエドはただの知り合い。エレインさんに、私たちの関係を気づかれるのはよくないこと。

 だから、言葉を選んで、誤魔化すように早口で話して、その場から逃げようとした。

 路地裏から光が溢れている大通りに向かうために二人に背を向けて、数歩歩いたところでシェザード様に腕を掴まれた。


「……エレインは、知り合いに頼む。ルシル、お前は俺のそばから離れるな。ヴィクターに目をつけられた。一人にはできない」


 シェザード様の手には、力が籠っている。

 掴まれた腕が、痛んだ。

 私を睨むようにして見据えている瞳は、静かな怒りに満ちている。


「で、でも……、私、真っ直ぐ、帰るので、大丈夫なので……」


「酷いわ、エド……! 私と一緒にいてくれないの?」


 私の声とエレインさんの声が重なる。

 シェザード様はチラリとエレインさんに視線を送り、首を振った。


「こんなことになったのは、護衛も連れずに一人で街に出てきたお前にも、責任がある。ルシルは、お前を助けようとして巻き込まれた。……ヴィクターに名前を覚えられるという、おまけ付きでな。お前よりも、ルシルの身の方が危険だ」


「だって、エドに会いたかったのよ。一度護衛をしてくれたきり、顔を見せてくれないんだもの……!」


「それは、ただの仕事だ。仕事でなければ、会う必要はない」


 シェザード様は冷たく言った。

 苛立ちと怒りに満ちたその声音は、私のよく知っているものだ。

 けれど、エレインさんは知らなかったのだろう。

 驚いたように目を見開いている。見開いた瞳にじわじわと涙が溜まっていった。


「そんな、……私、帰るわ。ダイアナの店で迎えを待つから」


「傭兵ギルドに寄って、手の空いている者にお前をおくらせる。ダイアナにまで迷惑をかけるつもりか?」


「……っ」


 シェザード様に叱責されて、エレインさんは黙り込んだ。

 私はシェザード様に腕を掴まれて、エレインさんは少し離れた位置を歩くようにして、大通りに戻る。

 それから少し歩いたところにある『傭兵斡旋所』と書かれている看板の掲げられた、建物の中へと入った。


 中には強面の男性たちが数人。

 お酒を飲んでいる人もいれば、静かに食事をしている人もいる。

 食堂に見えるけれど、傭兵ギルドと、シェザード様は言っていた。


「エド、珍しい。今日は……両手に花、というやつですね」


 カウンターの奥にいる眼鏡をかけている男性が顔を上げて、口を開いた。


「ラディス、……エレインを、家まで送り届けて欲しい。エレイン・ローリア。ローリア商会の娘だ」


「あぁ、金貸しの……。それなら、手が空いているものが何人かいます。報酬は?」


「お父様に払って貰うわ」


 エレインさんが強い口調で言った。

 その視線は他の誰でもなく、何故か私を挑むように睨んでいた。

 私にはーーエレインさんの気持ちがわかるような気がした。

 申し訳なさに、身をすくめる。


「一人で街に出て、ダルトワファミリーに連れていかれそうになっていたところを、保護してきた。あとは、任せた」


「あぁ、それはなんて、無謀な。ローリア商会は、高利貸しをして荒稼ぎをしていたダルトワファミリーの仕事を奪った。恨まれているでしょうに、商会のお嬢さんが一人で街をうろつくだなんて、無謀も良いところですね。わかりました、エド。あとは僕たちに任せて……、もう一人のお嬢さんもひどい目にあったようですね。休ませてあげなさい」


「あぁ」


 エレインさんをラディスさんという男の人に任せて、シェザード様は建物から出る。

 そして、私を再び引きずるようにして、足早に歩き出した。


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