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願いを風に



 苺飴を食べ終わり休息を終えた私たちは、再び露店街を散策した。

 シェザード様が言っていたスズシロ鳥の丸焼きが本当に売っているのを見て驚いたり、シェザード様が「それなりに食べることができる」と評価したホロホロ鳥の串焼きを購入して、露店の前にあるベンチとテーブルが並んだ休憩所で食べたり、冷たい紅茶を飲んだりした。


 そういえば、ダイアナさんも露店を出しているといっていたことを思い出す。

 私はシェザード様にお願いをして、ダイアナさんの店に行くことにした。

 あの時――ダイアナさんが私の不調に気づいてくれたから、シェザード様との距離が近づいたのだと思う。

 お礼を兼ねて、お買い物をしたい。

 

 ダイアナさんの店の前まで足を運ぶと、想像とは違うものが売られていた。

 それは、色とりどりの天灯だった。

 木枠で固定された紙の貼られた、両手で抱えられる程度の大きさの行灯である。

 円柱状の下側に設けられた木枠に燃料を入れ火をともし、空に浮かび上がらせるものだ。

 

 鎮魂の慰霊祭の夜に、天灯が空に舞う様は小さな太陽がたくさんあるようで、美しく荘厳である。

 私は実際に飛ばしたことはない。

 街の方々が沢山の天灯を空に浮かばせているのを、公爵家の庭に出て、家族で眺めるぐらいしかしたことがない。

 それでも、離れた空に浮かぶ天灯は、太陽のようでもあり、星のようでもあり、美しかった。


「あら! ルシル、エド、いらっしゃい!」


 ダイアナさんが、明るく言った。

 先日エドを叱っていたことなど、忘れてしまったような優しい笑顔に、内心安堵する。


「ダイアナさん、こんにちは。私、ダイアナさんはお洋服を売っているのだと思っていました」


 私が尋ねると、ダイアナさんは悪戯っぽく片目を瞑った。


「服はいつでも売れるからね。それよりも、ルシル。良く似合っているわ。可愛いわね! エドも惚れ直したでしょう?」


「……あぁ、まぁ」


 ダイアナさんは私達を恋人だと思っている。

 嬉しそうに言われて、私は恐縮した。

 シェザード様が頷くので、余計に恐縮してしまった。

 慣れないことばかりで、恥ずかしい。

 でも――嫌な恥ずかしさとは違う。


「照れちゃって。良いわね、若いって」


「ダイアナ。天灯を昼に売るのか?」


「あら、エド。知らないの? 最近王都では、天灯に願いを書いて空に飛ばすと叶うっていわれているの。遅れているわねぇ」


「……天灯は、危険だろう。無暗に飛ばすと、火事になる」


「それは、そうよ。だから、きちんと規制があって、春と冬のお祭りの時、それも風の穏やかな日しか飛ばせないことになっているの。お祭りの日は警備の兵士が増えるでしょう? だから、天灯の管理もしやすいのよ。火種が消える前に街に落ちるのを見つけたら、火消しをしてくれることになっているわ」


「そうなのか?」


「祭りが華やげば、商店街も活性化されるでしょう? そんなわけで、商店街連盟の会長が、市政館へと直談判に行ってくれて、国王様からの許可を頂いているのよ。だから、天灯を飛ばしても、捕まったりしないわ。火種の量も、規定されているしね」


「あぁ、分かった。……そうか」


 シェザード様は静かに頷いた。

 その表情に、少しだけ影がさすのに気付いて、私は努めて明るい声で言った。


「エド、わたしもやってみたいです!」


「……天灯を、飛ばすのか?」


「はい!」


 シェザード様は、政に自分が関わっていないことを気にされているのだろう。

 アルタイル様ならもしかしたら知っているかもしれないと、思っているのかもしれない。

 気になさらなくても良いのに、と思う。

 けれど、どうしても気になってしまうのだろう。


 私たちはダイアナさんから天灯を二つ購入した。

 紙張りの側面に、願い事を書くのだという。

 インク補充式のペンを手にして、私は悩んだ。


(側面に書いたら思い切り見えてしまうわね……)


 私の願いなんてひとつしかない。

 けれど、それはとても書けない。


 結局私は『エドがいつまでも笑顔でいてくれますように』と書いた。

 本当の願いはーーシェザード様に、幸せになってほしい。

 私の願いは、それしかない。


(それも――嘘かもしれないわ)


 私は今、とても楽しい。

 楽しければ楽しいほど、――未練になってしまう気がしている。


「……お前は、欲がないな」


 私の書いた言葉を見て、シェザード様がぽつりと言った。


「エド、……こういうのは、見てはいけないのではないでしょうか……」


「……俺も、そんな気がしていたが、……見える位置にあると、気になってな」


 シェザード様は背が高いので、私の手元など簡単に覗き込むことができてしまう。


「それでは、エドはなんと書いたのか、教えて下さいな」


「……大したことは、書いていない」


「あ、あの、見せたくないのなら、別に良いのですよ? 無理にとは言いません。やっぱり、願いというのは、秘密にしてこそだと思いますので」


「別に、構わない」


 シェザード様の天灯には、『父と母の真意が知りたい』と書かれていた。

 ダイアナさんは私達の天灯に火をともして、手渡してくれる。

 書かれた言葉を見ても、何も言ったりしなかった。

 シェザード様は孤児のエドということになっているので、意味は通じているのだと思う。

 けれど私は――その本当の意味を知っている。


(やっぱり、知りたいわよね……)


 私たちは並んで、空に向かって天灯を飛ばした。

 空に吸い込まれるようにして浮かび上がる天灯に書かれた願いが、女神様の元まで届くと良い。


 そしてできることなら――国王陛下と王妃様がシェザード様を冷遇する理由を教えてください。


 私は、そう祈りを捧げた。


 


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