休憩しているのに休憩できない
二人の女神の姿を模した美しい石像のもつ水瓶から、絶え間なく水があふれている。
噴水のある広場の休憩用のベンチの横には日除けのパラソルが広げられていて、半分ほどが影になっているベンチに私とシェザード様は並んで座っていた。
あたたかいけれど、少しだけ涼しい。
春の気候を肌で感じながら、買ってもらった苺飴を舐める。
飴の部分は硬くて甘い。中の苺に行く着くまでには、時間がかかりそう。
「甘くておいしいですけれど、……待たせてしまって、ごめんなさい」
「別に、急ぐ用もない。祭りにはまだ来たばかりだ。焦らなくて良い」
「……はい」
私の隣に座って静かに道行く道行く人々を眺めているシェザード様を、私はちらちらと眺める。
口の中の苺飴の飴の部分がようやく溶け始めて、苺が顔を出す。
少し齧ると、飴の甘さに苺の酸味が爽やかで、甘いばかりだった口の中がすっきりした。
「エド、飴と苺を同時に食べたのははじめてですけれど、甘酸っぱくておいしいです」
「そうか。……露店の食べ物は、お前の口に合わないのではないかと思っていた。だが、良かった」
「見慣れない食べ物ばかり売っているのは確かですが、どれも美味しそうに見えました。エドは何が好きですか?」
「食べ物の話か? 好きなものは特にない。だが――あれだけは、どうにも食えないな。お前も、やめておけ」
「あれとは、なんです?」
「スズシロ鳥の丸焼き」
「スズシロ鳥なんて私の手の平に乗るぐらいの小ささですが、食べるのですか?」
「あぁ、串に刺して焼く。普段は食べたりはしないが、祭りのときは何故か売られている。どうやら、……食べると、無病息災でいられるとか、そういう迷信があるようだな」
「……エド、食べましょう。食べなければいけませんよ。無病息災、大変良いことです」
「いや、……今、やめろという話をしていただろう。骨ばかりで、獣臭くて、とても食べられたものじゃない」
「それを食べるからこその無病息災なのではないでしょうか。良薬口に苦しといいますし、エド、是非食べましょう。私はエドに、いつまでも健康でいてもらいたいのです」
「……今のところ健康だ、俺は。不健康そうに見えるのか?」
「そういうわけではありませんけれど……」
私は棒に刺さった苺飴をみつめる。
半分ほど食べ終わった苺飴が、瑞々しい断面を晒していた。
「でも、健康は大切です……」
「迷信だ、ルシル。無理をして食えないようなものを口にする必要はない。恐らく、口にしたら最後、気分が悪くなって帰る羽目になる」
「それは嫌です……、だって、私、エドと一緒に花火を見たいのです。夜には、あがるのでしょう?」
「夜までいるのか? あまり遅くなると、メイドに怒られるのではないか? それに、遅くに寮に戻る姿を見られたら、悪い噂が立つ。やめておけ」
「やめておきません。悪い噂が立つのが何だというのです? だって、私はエドの婚約者なのですから、一緒にいて咎められる方がおかしいのですよ」
私はなるだけ胸をはって言った。
実際その通りだ。シェザード様の傍にいることや、一緒にお出かけすることは何ら恥ずべき事ではない。
私達以外の婚約者の方々だって、夜に観劇に出かけたりして帰りが遅くなることは少なくないのだから。
私達だけが咎められることが、そもそもおかしいのだわ。
「……ルシル。……俺は」
シェザード様が言い淀んだ。
それから、真っ直ぐに私を見る。
涼やかな紫色の瞳に、私の姿が映っている。
「……お前が見たいのなら、夜までいよう。あまり遅くなれば、宿にとまっていっても良い」
何かを言いかけてシェザード様はやめた。
私は宿という単語がうまく理解できなくて、一度瞬きをする。
「宿、というのは」
「寮に戻りたくないとき、時折使っている宿がある。一晩分の金を払って、部屋を借りる場所だな。俺が普段使っている場所にはとてもお前を連れていくことはできないが、遠くから来た金持ちや貴族が使う、それなりに質の良い場所もある」
「……一緒に、泊まる、と、いうことですか……?」
声が震えてしまう。
哀れなほどに真っ赤になっている私を観察するようにシェザード様は見ている。
わからないわ。
これは、揶揄われているのかしら。
私が花火を見たいなどと我満を言ったから、シェザード様は私を揶揄っているのかしらーー
「ルシル、飴が落ちる」
動揺したせいで、手から苺飴の棒がぽろりと落ちそうになる。
シェザード様は私の手から落ちる前にそれを掴んで、少し考えた後私の食べかけの苺飴を一息に口の中へと入れてしまった。
「え、エド、エド……、食べたかったのなら、新しいものを……」
「ひとつはいらない。どんな味がするのか知りたかった。やはり、甘いな」
ぱくりと頬張った苺飴を咀嚼して飲み込むと、シェザード様は考えるように言った。
私はできることなら両手で顔を隠して「あぁ~……」と奇声をあげたかった。
こんな、――どうしよう、こんな。
私はシェザード様が好きだった。期限付きでも良いからもう一度やり直したいと思うぐらいに、シェザード様が好きだった。
これ以上好きになることなんてないと思っていたのに――それは、間違いだったみたいだ。