はじめての贈り物
大通りは人で溢れていた。
建物から建物を繋ぐようにして色とりどりの花を模した、布で作られた飾りが張り巡らされている。
空の上に花畑があるような景色だった。
花の形をした布が風に揺れると、同じ形をした影もゆらゆらと揺れる。
道ゆく女性達は、私の着ているものに似た花柄の服装をしていて、花冠をしている。
露店が多く出ていて、子供達のためだろう、人形や、玩具、菓子なども多く売られている。
「ルシル、今日は……、その、……大丈夫か?」
物珍しくきょろきょろと露店を眺める私に、シェザード様が尋ねた。
「大丈夫です! やっぱり、歩けば歩いただけ足は丈夫になるようです。お散歩の成果が出ていますよ」
「そうか。だが、無理はするな」
「それほど気にしなくても大丈夫ですよ。それに、ほら、怪我をしたらシェザードさ……エドが、優しくしてくださいますし、役得、というものです」
街の中では、シェザード様は傭兵のエドで、私は商人の娘。
私は慌てて名前を言い直した。
エドと呼べることが、妙に気恥ずかしくて、それに、嬉しい。
「ーールシル。同じ過ちを二度は繰り返さない。足が痛むようなら、かならず言え。疲れたら、どこかで休もう」
「わかりました。約束しますね。私も、約束は守ります。エドと、一緒です」
私は嬉しくなって、シェザード様の手をぎゅっと握りしめた。
それから、気になったお店のある方へとその手をぐいぐい引っ張る。
「エド、髪飾りが売っています。可愛いですね」
「安物だ。宝石に見えるのは、硝子玉だな。金も、ただのメッキだ」
「それでも可愛いです」
私はたくさん装飾品が並んでいる店の前に、シェザード様を連れて行った。
確かに私が普段使っているものと比べたら、安物なのだろう。
どことなく玩具じみているような気がするけれど、そこが可愛い。
お店の方に聞こえないようにだろう、シェザード様が小さな声で宝石が偽物だと教えてくれる。
顔が近づき、耳元で低い声が響く。
どうにも恥ずかしくて、顔に熱が集まってしまう。意識しすぎかもしれないけれどーーどうしても、恥ずかしい。
「欲しいなら、買うか?」
「はい! お金、持ってきたのですよ」
「金は俺が払う。どれが良いんだ?」
「あ、あの、ありがとうございます。ええと……、エドは、どれが良いと思いますか?」
こういったお店で売っている装飾品の良し悪しが、私にはよくわからない。
シェザード様に尋ねると、少し考えて、薄い水色が掠れたような不思議な色合いをした、丸い宝石のようなものが付いている首飾りを示した。
「あれは、シーグラスという。ガラス玉の一種だが、海に落ちているものだな」
「シーグラス……、綺麗ですね。あの……、欲しいです」
「あれで良いのか?」
「エドが選んでくれたものですから、勿論です! エドは、私よりもセンスがありますので」
シェザード様の着ている洋服は、街で買ったものなのだろう。
シンプルだけれど、よく似合っているし、素敵だ。
私が同じような服装をしたら、それはそれは地味で冴えない感じになってしまう気がする。
だからきっと、美的センスがあるのだわ。
なんでも優れている方というのは、なんでも優れているものだ。
私が感心していると、シェザード様は首飾りを買ってくれた。
紐の先に丸い形の水色のシーグラスが可愛くあしらわれている。
露店の端に避けて、シェザード様は私にその首飾りをつけてくれた。
「可愛いです。まるで、海を閉じ込めたみたいですね。海は好きです。そんなには行ったことがないのですが」
「海は……、俺も好きだ。ルシル、……安物で、すまない」
「どうして謝るのですか?」
「……お前に、贈り物をしたことがなかっただろう。パーティー用のドレスは、俺が選んだわけじゃない。使用人に頼んで、適当にお前の家に送って貰っていた。……何を選んだら良いのか、わからなくてな。……不実なことを、していたと思う」
「そんな事はありませんよ! そうして気遣ってくださっていただけで、十分です。けれど……、それでは、この首飾りは初めてのプレゼントですね。大切にしますね!」
私は小さなシーグラスを両手で包んで、微笑んだ。
どんな高価な装飾品よりも、嬉しい。
大切に、しよう。
シェザード様はどこか切なげに眉を寄せて、私の髪にそっと触れた。
軽く撫でられる感触に、私は俯く。
恥ずかしくて、シェザード様の顔を見ることができない。
足に触れられたことに比べたらと思う気持ちもないわけではないけれど、足は治療だった。
髪は、髪は、ーー別に怪我をしているわけではないもの。
(髪を、撫でてくださったわ。まるで、恋人みたいだわ……)
「他の店も、みて回るか?」
「は、はい……」
触れられたのは一瞬で、シェザード様はもう一度私の手を握った。
私はしばらく顔を上げることができなかった。
露店の並ぶ通りを、しばらく歩く。
どれもこれも、目に鮮やかだ。歩いていると、食べ物の良い香りが漂ってくる。
「エド、あの食べ物、なんですか?」
「あれは……、苺飴だな。苺を飴で包んでいるものだ」
私の視線の先には、木の棒に刺さった苺の粒が並んでいるお店がある。
苺も飴も知っているけれど、苺飴は知らない。初めて見た。
「美味しいのですか?」
「さぁ。食べたことは無い。知らないな」
「じゃあ、食べてみましょう。エドは、甘いものが嫌いですか?」
「あまり得意ではない。俺はいらないが、お前は食べると良い」
「良いのですか?」
「構わない」
私とシェザード様は苺飴のお店に並んだ。
結構人気らしくて、私たちの前には子供連れの親子や、恋人と思しき方々が並んでいる。
ややあって行列が進み、私の分の苺飴を一つ、シェザード様が買ってくださった。
私は買い物を自分でしたことがないのだけれど、シェザード様は慣れた様子だった。
シェザード様は苺飴を私に手渡してくださる。
こうして街にいるシェザード様の方が、学園や城にいるシェザード様よりも、肩の力が抜けていて自然体のように見える。
「……ええと、これは、食べて良いのですか?」
「歩きながら食べても、誰にも咎められない。だが、慣れないだろう、ルシル。少し座るか?」
「ありがとうございます」
食べながら歩いた経験がないので、うまくできるかどうかわからない。
それに露店が連なる通りは人が多くて、ともすればぶつかってしまいそうになる。
「逸れると、厄介だ。手を離すな」
「は、はい……!」
人混みの中をぬうようにして歩いていくシェザード様に、私は必死についていった。
たくさんの人はまるで波のようで、気を抜くと波に揉まれてシェザード様の手を離しそうになってしまう。
わたわたしながら歩く私に合わせて、なるだけゆっくりシェザード様は歩いてくれているようだった。




