一緒に昼食をとってみる
私はシェザード様と共に食堂へと向かった。
一階から回廊を抜けて別棟にある食堂は、昼休憩をする生徒たちで賑わっている。
賑わうとは言ってもここにいるのは貴族の子供たちばかりなので、フロアはかなり余裕のある大きな作りになっている。
テーブルや椅子の間隔もかなり広く、窮屈な感じはあまりしない。
入口にあるカウンターで、トレイに乗った昼食を受け取るようになっている。基本的にメニューは一つきりしかなく、選ぶことはできない。
不満を言う者も中にはいて、食堂の食事はとても食べられないと言ってわざわざ寮に帰る方もいないわけではなかったけれど、大多数の方々は食堂で食事をとっている。
一度目の私も、食堂を毎日利用していた。
最初の頃は友人たちと共に座っていたけれど、アルタイル様に誘われるようになってからは二人きりでいることが多かった。
駄目だわ、私。駄目すぎる。
反省点しかないわね。
シェザード様の姿はお見掛けすることがなかった。
学園のどこにいるのかも分からなくて、そもそもいないときの方が多かったのだろう。
だからといって、アルタイル様と一緒に過ごして良いという話にはならない。
「シェザード様、今日は野菜のスープと、ローストビーフのオープンサンドですよ。シェザード様はお肉は好きですか?」
シェザード様の腕から離れて、食事の乗ったトレイを受け取りながら私は尋ねた。
「一人で歩けるか、ルシル」
「歩けますよ?」
「分かった」
シェザード様は私の分のトレイを片手に持ち、もう片方の手に自分の分を持った。
私は今まさに持ち上げようとしていた目の前のトレイが消えてしまったので、驚いて自分の手を見つめたあとに、シェザード様を見上げる。
「あ、あの……、ありがとうございます……!」
自分で持てるという言葉を飲み込んで、お礼を言う。
シェザード様の優しさなのだから、全て受け入れるべきだわ。
二人分の食事を運んでいくシェザード様の後ろを、私はちょこちょことついていった。
私たちに他の生徒の方々が視線を向けている。
驚いているものや、心配そうなもの。
それから――不愉快そうなものもある。
気にしない、気にしないのよ。そう自分に言い聞かせて、私は堂々と顔を上げて歩いた。
シェザード様は人の少ないテラス席の端にトレイを置いた。
二人用の小さめの席に向かい合って座る。
春風が心地よく頬を撫でる。
私は目の前に置かれた食事と、シェザード様の顔を交互に眺めた。
「シェザード様は女性に優しいのですね」
「……お前は怪我をしている。俺たちは婚約者だ。それを考えれば、俺の行動はごく普通だろう」
「気遣いのできる男性は少ないのですよ。多分。少ないのだと思います。多分」
「何回、多分を繰り返す。それほど自信がないのか」
シェザード様は美しい所作でスープをすくって口に入れる。
「多分、多分。私もあまりよく、男性を知らないので……、シェザード様の婚約者に選ばれるまでは、お父様以外の男性と関わることもあまりなかったものですから。姉妹も、妹が一人いるだけですし」
「そうか」
「お母様はたまに、お父様のことを、気遣いができないのだと言って怒ったりするので、だから、そういうものなのかなと」
「フラストリア公爵には申し訳ないと思っている」
「何故です?」
「俺のような――役立たずを、公爵家で受け入れなければいけない。本当は、お前にはもっと相応しい相手がいただろう。フラストリア公爵家を継ぐものが。だが、王家からの打診を、断れないだろうからな」
シェザード様は、溜息交じりに言った。
自分を卑下している――というわけでもない。
それが、シェザード様の中での、事実なのだろう。
胸が詰まる。悲しい気持ちと、私がどうにかしないとという使命感と、愛しさが、ぐちゃぐちゃになるようだ。
「私は……、シェザード様の婚約者になれて良かったです。シェザード様は素敵な方です。気遣いができて優しくて、度胸もあって、それに、それに、食事の召し上がり方がとても上品です……!」
「……それは、お前もそうだろう。そういった教育を受けている」
先程からとても洗練された所作で食事をとっているシェザード様を、私は熱心に見ていた。
食事をとるシェザード様を見るのが初めてで、かなり貴重な姿だと思ったからだ。
私は――やっぱり、シェザード様が好き。
だから、できることなら、シェザード様の全てを見ていたい。大切な記憶を沢山作って、――最後まで覚えて居たい。
「持って生まれた気品があるとでも言いましょうか。お話をしながらでも、隙のない姿です。私には到底真似できません。なんせ話に夢中で、まだ食べていないぐらいなので」
「……食べろ、ルシル。急がなくても良いが、食事が冷めるだろう」
やや呆れたように、シェザード様が言う。うるさくシェザード様を褒めたたえる私に、あまり怒ってはいないようだった。
昼休憩の間にシェザード様の部屋に行き、二人きりの部屋で足を見せる。
眩暈がするぐらいに背徳的な日々とシェザード様の丁寧な傷の手当によって、私の足の傷は週末には保護の必要がないぐらいに塞がっていた。
「包帯も当て布も、要らないですね、お嬢様。傷が治って良かったです。痛みもないですか?」
シェザード様と同じぐらい、傷の心配をしてくれていたジゼルが言った。
学園に通い始めてはじめての休日なので、少し遅くまでベッドで微睡んでいた私の足に、確認するように触れている。
「もう治ったわ。大丈夫。シェザード様が、傷を見てくれたから……」
「……お嬢様、殿下に足を見せていたのです? どうりで毎日包帯が綺麗に巻き直されているなと思っていましたけれど」
「……あ、あの、……そうなの。見せろと、言われて」
「あらあら……、まぁまぁ……、殿下には必ず、必ずお嬢様を娶って頂いて、幸せにして頂かなければいけませんね……! 心配をしていましたが、殿下とうまくいっているようで、安心しました」
「うまくいっているのかしら……、分からないわ。ジゼル、シェザード様は私に怪我を負わせた責任を感じているようなの」
「是非、責任を感じてくだされば良いと思います。お嬢様は殿下と一緒に街歩きをして、足を痛めたのでしょう? 途中で気づかなかった殿下が悪いのですから」
「私が隠していたのよ。私が悪いの」
「たとえそうだとしても、女性の体調の変化に気づけないというのは、男の不徳。私だったら、即お別れしますね。とはいえ、私たちのようなある程度は自由な恋愛ができる身分の者と、お嬢様は違いますものね。婚約者と即お別れをすることなんてできませんし」
「女性から、男性とお別れするなんて、許されるの?」
「最近では、特に不名誉なことではなくなってきていますね。庶民の場合、ですけれど。なんにせよ、シェザード様が少しは女性に気を使える方で良かったです。お嬢様が婚約者に選ばれしまってからずっと心配していましたが、思ったよりも優しい方なのかもしれませんね」
ジゼルのシェザード様に対する心証は、未だにあまり良くない。
ベッドから起き上がった私の着替えの手伝いをしてくれながら、ジゼルは「まだわかりませんけれど」と言った。
「シェザード様は、優しい方だわ。でも、……祝春の祭りに一緒に行く約束をしたのに、少し歩いただけでこれでは、駄目よね」
「貴族女性の足は、街歩きに慣れていませんから。フラストリア公爵領内であっても、奥様は劇場まで馬車を使いますよ。たまに旦那様と一緒にレストランでお食事する時だって、往復は馬車です。危険ですからね。王都は安全とはいっても、庶民に紛れて祝春の祭りに遊びに行くなんて、私は心配です」
「シェザード様がいるから、大丈夫よ。それよりも……、やっぱり、鍛えなければいけないわ」
「鍛える?」
「シェザード様が私から逃げても追いかけることができるように、足を鍛えなければいけないの」
「逃げるだなんて……、殿下は、……躾のなっていない、犬かなにかですか」
ジゼルが呆れたように言った。
「そうね……、どことなく、狼に似ているような気がするわ」
「分からなくもないですけれど」
ジゼルは私の決意を、否定しなかった。
「お嬢様が頑張るというのなら、応援しますよ」と言って、私の髪を運動がしやすいように一まとめにしてくれた。
そして私は、毎日の日課として、広い学園の敷地内をぐるぐる歩いて回ることにしたのである。
本当は走った方が良いのでしょうけれど、貴族女性は基本的には走ってはいけないのだ。
長距離を歩くだけでも、違うわよね、きっと。
休日の学園内は、静かなものだった。
私は誰もいない敷地内を、のんびりと歩いた。




