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街歩きについての注意点

 私のことを話していると、賑やかな通りに出た。

 学園から続く並木路に比べて人通りが多い。若い方から年配の方まで、いろいろな人の姿を見ることができる。

 道の中央には屋根はあるけれど壁のない作りの乗り合い馬車が行き交っている。

 

 私たちは、レンガ敷きになっている道の端を歩いた。

 道の左右に、様々な看板が提げられたお店が並んでいる。


「ここは、王都の中心街だ。ルシル、もし俺とはぐれて道に迷っても、この通り以外の場所には行くな。特に、路地には入ってはいけない」


 シェザード様は真剣な口調で言った。

 私はぐるりと景色を見渡す。

 

 城や学園に行くために王都を馬車で通り過ぎることは何度かあった。

 馬車から見える景色と、実際歩いて見る景色とは違う。


 白壁と青い屋根の建物が並ぶ明るい通りの脇道には、薄暗い路地が続いている。

 黴臭く、埃っぽい。シェザード様の言葉のせいだろうか、あまり良い雰囲気とは思えなかった。


「城前広場と、中心街、今歩いてきた学園に続く道と、それから、上流階級の貴族が住む西居住地区、裕福な商人たちが住む東居住地区は比較的治安が良い。純粋に、警備の兵が多いからな。しかし、どこにでも抜け道はある。……一歩裏道に踏み込めば、質の悪い破落戸に出会う可能性が高い」


「そうなのですね……、心得ておきます」


「あぁ。特にルシル。お前のような、見るからに上質な衣服を着て身なりを整えている者は、大抵の場合遠くから見はられている。そのような輩は、お前が隙を見せることを今か今かと待ちわびている」


「気を付けます」


 脅しではないようだ。

 シェザード様の言葉には真剣に、私の身を案じているような響きがあった。


「……あの、それでは、祝春のお祭りにシェザード様と一緒に行きたいというのは、無謀なお願いだったのでしょうか……」


 心配になって尋ねてみると、シェザード様は軽く首を振った。


「いや。祭りの日は警備兵の数も増える。それに、賑やかなのはこの大通りと酒場ぐらいだ。他の場所に近づかなければ良い。特に、貧民街や、花街には」


「はなまち……?」


「なんでもない」


 聞き慣れない単語を聞き返すと、シェザード様は言葉を濁した。

 それから、視線で店の看板を示した。


「服飾店に行きたかったんだろう。貴族たちが良く使用する受注店は別にあるが、祭りの衣装となると、庶民が使う店の方が良いのだろうな。……俺も、たまにここに来る。……街では、別の名を名乗っている。王位のあるアルタイルとは違い、シェザード・ガリウスとしての俺の顔を知るものは殆どいない。立場を隠すには、好都合だった」


「シェザード様とお呼びするのは、良くないのですね。私も、それなら……、なんと呼びましょう?」


「エドと。様も、いらない」


「……エド」


「あぁ」


「……なんだか、嬉しいです」


 まるで、二人だけの秘密ができたようだ。

 シェザード様はしばらく静かに私を透き通るような紫色の瞳で見つめていた。

 それから視線を逸らし「ルシルは、ルシルで問題はなさそうだな。ルシルと言う名を聞いて、フラストリア公爵家を思い出す者は王都では数えるほどしかいないだろう」と言った。


 服の絵が描かれた木製の看板が吊るされている店に入る。

 店主と思しきしなやかな猫を思わせる細身の女性が「あら、エド。いらっしゃい。今日は女の子と一緒なのね」とにこやかに言った。


「随分と上等な服を着ているわね。エド、……どこかの貴族のお嬢さんを、攫ってきたんじゃないでしょうね」


 女性は私の目の前に立ち、私を覗き込んだ。

 見たこともないような髪型の女性だ。男性のように髪が短い。前髪も後ろ髪もばっさり切られてしまっている。

 王国では、女性の髪の長さは美点とされている。

 髪を切られた女性というのは――刑罰を受けた、罪人という印象が強くなってしまう。


 見てはいけない者を見たような気がして、私は視線を彷徨わせた。

 それから、私の態度は失礼だと考え直し、挨拶をすることにした。


「ルシルともうし……、い、いいます。エドの、友人です……」


 どのような言葉遣いが良いのか分からずに、たどたどしい口調になってしまった。

 婚約者というわけにもいかずに、『友人』という言葉を選んだ。


「恋人だ」


 私の言葉を、シェザード様がすぐさま訂正した。

 未だ腕を組んだままだった私の手のひらを、そっとシェザード様のもう片方の手が包み込むように添えられる。


「……っ」


 いっきに顔が熱くなるのを感じた。

 女性は目を見開いた後に、嬉しそうに微笑んだ。


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