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まずはご趣味など尋ねてみましょう



 春風が心地良く、頬に触れる。

 私達は腕を組んで、王都の中心街までの道をゆっくりと歩いた。

 シェザード様は寡黙な方だ。私が話しかけないと、自分から何かを話しかけてくると言うようなことはなかった。

 

 本当は、聞きたいことが山ほどある。


 一度目の時には、人づてや噂話でしか聞くことのできなかった、シェザード様ご自身のことについて。


 どのように産まれて、どのように育って――どんな思いをしてきたのか。


 話して欲しい。知りたい。シェザード様のことを、理解したい。

 私たちは他人だから理解するのは困難かもしれないけれど、少しでもその心に寄り添いたい。


「……シェザード様の、趣味は何ですか?」


 結局、口から出たのはそんな質問だった。


「……趣味?」


「趣味です。あ、ええと、質問する前にまず自分のことを話すべきですよね。私の趣味はですね、……知りたいですか、私の趣味? あまり面白い話はできません。ごめんなさい」


「話す前から謝る必要はない。……聞いている。話せ」


「は、はい……! 私の趣味は、編み物をすることと、静かな朝にお庭を散歩することと、花を花瓶にいけることです。それから、本も読みます。本は、なんでも読みます。物語も聖典も、あとは、歴史書とか……、こだわりは特にありません」


「多いな」


「そうでしょうか……、それから、観劇も時々します。観劇は、お母様の趣味なのです。だから、お母様に連れて行っていただくことがたまにあります。ただ、お母様はお父様と二人で出かけることもあるので、観劇は私の趣味とは言えないかもしれません」


「王都にも大きな劇場がある」


「シェザード様は、行ったことはありますか?」


「ないな」


「それなら、今度ご一緒しましょう」


「……あぁ」


「あとは、妹と二人でピクニックをすることもありますね。フラストリア公爵家の庭は広いので、少し遠くまで歩くのです。勿論、侍女たちも一緒ですけれど。妹の名前は、クラリス。私より、一つ年下なので、十五歳。今年十六歳になります」


「遠出をするのなら、多少は歩けるのか」


「お茶を飲んでお菓子ばかり食べていたらあっという間に太ってしまいますので、時々は歩きますよ。女性は、コルセットをはめますし、ドレスを着ますので……、多少は体型に気を使っています」


「そういうものなのか。お前の腕は、細い。ろくに食事がとれていないのかと思っていた」


「どうしてです? ご飯、食べますよ。良く眠れます。不健康に見えますか?」


 シェザード様が思わぬことを言ったので、私は驚いて目を見開いた。

 自分では健康なつもりでいたのだけれど、そんなに病的に見えていたのかしら。


「……晩餐会にいるお前しか、俺は見たことがない。食事をとる様子はなかった。食欲さえないのかと。……俺との婚約が、それほど苦痛なのかと考えていた」


「シェザード様……」


 私はシェザード様の腕にぎゅっと抱きついた。

 胸が苦しい。そんな風に、思っていただなんて。なんて――可愛らしいのだろう。


 可愛らしいと思うのは失礼かもしれないけれど、まるで、人に慣れない野良猫みたいだ。


 餌付けをするときだけ姿を見せて、あとはふらりといなくなってしまう野良猫。頭を撫でようと手を伸ばすと、毛を逆撫でして威嚇してくる姿が、シェザード様とどうにも重なってしまう。


「ああいった場で食事をとることは、はしたないことと言われているのですよ。まして私はシェザード様の婚約者ですから、マナー違反な行動は控えていました。晩餐会に行く前に軽食を取りますし、終わってからは心置きなく食べるのですよ。家に帰ってからの話なのですけれど」


「そういうものなのか……?」


「はい。今度からは、いなくならないでずっと一緒にいてくださいね。そうしたら、他の貴族女性も同じようにしていることが分かると思います。でも、シェザード様がすすめてくださったら、少しだけ食べることができるのですよ。王家主催の晩餐会の料理はどれもこれも豪華ですから、私も……小さなケーキぐらいは食べたいなと思っていました」


「……お前の傍には、アルタイルがいただろう」


「シェザード様がいなくなってしまうから、気を使ってくれていたのです。アルタイル様は婚約者もまだ決まっていなくて、女性から人気なのです。アルタイル様が私を構うほど、私は他の女性から嫌われてしまいます。……少し、困っていました」


 これは、本当だ。

 一度目の私は、終わりを迎えるころになると、友人も失ってしまうぐらいに女性から嫌われていた。

 

 最初は何故だか分からなかった。

 少し考えればわかることなのに、自分のことで精一杯で、混乱していた。

 ――シェザード様は私を嫌っていて、友人もいなくなってしまった。


 私の味方は、アルタイル様だけのような気がしていたのだ。


 全て私が悪い。身から出た錆だと、今なら分かる。


「これも、約束ですよ、シェザード様。でも、シェザード様がいなくなろうとしたら、私は追いかけますし、こうしてずっと腕に捕まっているので、逃げられないと思いますけれど」


「逃げたりしない」


「シェザード様が私から離れていたのは、もしかして私に気を使ってくれていたのですか?」


「哀れなほどに震えているお前の傍にずっといようと思うほど、俺は残酷じゃない」


「……ふふ」


 思わず、笑ってしまった。

 表現が分かりにくいというだけで、シェザード様は――優しい。

 それが嬉しくて、ちくちくと胸が痛む。これが期限付きのやり直しでなければどんなに良かったかと思えば思うほどに、悲しかった。



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