初デート
寮に戻った私は、シェザード様と出かけることをジゼルに伝えた。
ジゼルはてきぱきと服を準備してくれて、着替えを手伝ってくれた。
白地に小さな青い薔薇模様のある足首まで隠れたワンピースとドロワーズ、膝丈の靴下と、ヒールの低い革靴を履いた。
寮の前で待っているシェザード様のもとに戻ると、寮に帰ってくる女生徒達が困ったように遠巻きにシェザード様を眺めていた。
中に入りたいのに、入り口で腕を組んで立っているシェザード様が怖くて扉をくぐれないのだろう。
私もかつてはそうだった。
シェザード様に好意と憧れを抱いていたのに、その身に纏う排他的な雰囲気が怖くて近づくことができなかった。
「お待たせしました! 行きましょう、シェザード様!」
私はなるだけ明るい声で、シェザード様に小走りで駆け寄り話しかける。
嬉しくて仕方ないという表情を浮かべていないと、また誤解されてしまう。
シェザード様にも誤解されるだろうし、見ている女生徒の方々にも誤解されるかもしれない。
その場合、一度目の時もそうだったのだけれど、シェザード様の素行についての問題は、相談しやすいアルタイル様に報告が行ってしまうのだ。
アルタイル様に心配をかけるのはいけない。
ここでまたアルタイル様が私を気遣って、シェザード様と私の間に割って入ったら、一度目と同じ結末になる可能性が高くなってしまう。
「……ご苦労なことだな、ルシル。いつまでその態度が続くのか、見ていてやろう」
「いつまででも続きますよ。お出かけは嬉しいので。シェザード様、初デートですよ。私は王都を歩くのははじめてなので、案内をよろしくお願いします」
組まれた腕の隙間に手を突っ込んで、私はシェザード様と腕を絡めた。
緊張するし、どきどきする。
――少しぐらいは、喜んでも良いかしら。
好きな方と腕を組んで歩けるのだ。大胆な行動を取ってしまい恥ずかしいけれど、嬉しい。
しっかりした骨と、硬い筋肉のある腕に手のひらで触れて、指先を添わせる。
同じ腕なのに、細くて頼りないばかりの私のそれとは、全く違う。
「腕を組んでも良いですか?」
「お前は俺の婚約者なのだろう。好きにすると良い」
一応確認をした私を一瞥して、シェザード様は皮肉気に言った。
もしかしたら、私の言葉を逆手に取った嫌味だったのかもしれない。
けれど私は素直に嬉しくて、にこにこしながらシェザード様を見上げる。
「はい、ありがとうございます!」
シェザード様は私から視線を逸らせた。
そして、学園の入り口の門に向かって歩き始めた。
腕を組んでいるからか、先程とは違い私に歩調を合わせてくれているようだった。
学園の門から出ると、街路樹が左右に植えられている真っ直ぐな並木道が続いている。
貴族の子供たちは大抵の場合馬車で学園に送り届けられるため、馬車道になっているようで、道幅はかなり広い。
貴族は、遠くへの移動は大抵の場合馬車で行う。
貴族の子供は――特に女児の場合、街に出ると攫われてしまう危険があるので、街を歩くことはまずない。
フラストリア公爵領の、公爵家の広大な敷地が、今までは私の世界のすべてだった。
一度目の私はそんな環境で育っていたので、学園に来てからも学園の敷地内から外にでることはなかった。
危険を冒して誰かに迷惑をかけるのは嫌だったし、どちらかといえば保守的な性格をしていたためである。
だからこうしてシェザード様と街に出るだなんて、考えたこともなかった。
シェザード様が私の提案を受け入れてくれるなんて、奇跡みたいだ。
「王都は、フラストリア公爵領よりも安全だと聞きました。警備兵の数が多いのだとか。お父様もお母様も、学園時代はお二人で街歩きをすることがあったそうです」
「安全と言っても、それは中心街だけだ。一歩裏道に入れば、どこも同じだ」
「シェザード様は街にお詳しいのですね。街には良くいくのですか?」
シェザード様は、街に降りて悪い仲間と付き合っている。
一度目の私は、そんな噂を良く耳にしていた。
シェザード様に対する陰口のひとつだ。
授業に出ず、学園でも見かけないシェザード様は、そのような噂が立ちやすかった。
「何を探っている、ルシル?」
「探っているわけでは……、頼もしいなと思ったので。シェザード様が一緒なら、迷子になることも、攫われてしまうこともなさそうで、安心しています」
「……あぁ。……お前一人ぐらいは、守ることができるだろう」
未だ私を疑っているシェザード様を見上げてにっこり微笑んだ私に、シェザード様はどこかばつが悪そうな表情を浮かべて、小さな声でそう言った。
疑り深いのだけれど――悪い人ではなく、案外素直なところもあるみたいだ。
私はシェザード様の腕に添えた自分の手に、力がこもるのを感じた。
シェザード様と近づけば近づくほどに、好きだという気持ちが大きくなっていくのを感じる。
それは良くない。駄目だと、自分に言い聞かせる。
けれど――まだ、一年。
私の一年は始まったばかりだ。
――少しぐらいは、自分の気持ちに正直になっても許されるだろうか。
女神様が私の頭の中で「あなたは、残酷ですね、ルシル」と囁き続けていた。




