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神の塔



 吹雪のせいで皆足止めをされたのだろう。

 アルマの北側、神の塔へと続く参道の入り口の門には、私たち以外に誰の姿もなかった。

 木で組まれた階段が、先が見えないぐらいに高く高く伸びている。

 聖地への入り口の門は鉄製で、日中の間は開かれており、教会から派遣された警備兵が二人、門を守っている。


 シェザード様がガリウス王家の大鷲の紋が入った身分証を見せると、警備兵の方々は恭しく礼をして私たちを見送ってくれた。


 私はアルマの街で新しく買い揃えた真新しい巡礼の衣装に袖を通している。

 アルマもきっと聖地の一部なのだろう。

 雪は残っているのに、その気候は穏やかでマントが必要なほどに寒くはない。

 膝下までの白いワンピースに、灰色のタイツを履いている。靴は歩きなれたものの方が良いと判断して、取り替えなかった。


 いつもジゼルに編んでもらっていた髪は、軽く一つに纏めている。

 装飾品は、首から下げた月長石のペンダントだけだ。


 本当は巡礼者が装飾品を身に纏うのは良くないのだけれど、シェザード様がくださったペンダントだけは外したくなかった。


 シェザード様も白の神官服に身を包んでいる。

 白い裾の長い服の中央には、鳥が羽を広げたような翼の形が灰色で描かれている。

 左腕側には青いマントがかけられていて、感嘆のため息をつきたくなるほどに神々しく美しい姿だった。


 帯剣はしていない。剣は、宿の店主に預けてきた。

 神の塔に登るためには、あらゆる武器を置いていかなければいけない決まりがある。

 けれどシェザード様は、剣を持ち女神様と相対するつもりでいたらしい。


 女神様はーー私の、恩人。

 そして、カダール王国の神。

 刃を向けて良い存在ではない。

 シェザード様が思い直してくださって、良かった。


 透き通るような空には、白い雲が浮かんでいる。

 柔らかい風が、頬を撫でていく。

 山は雪が覆っているのに、参道の階段はまるで何かから守られているように、綺麗なものだった。


 一段一段、確かめるようにして登っていく。

 雪景色の中に、白い塔が聳えているのが見える。

 やがて眼下に見下ろしていた街が小さくなり、霧に霞むようにして見えなくなった。

 階段は未だ、曲がりくねりがら、上へ上へと続いている。


「ルシル、大丈夫か? そろそろ、休もう」


「まだ、大丈夫です。行きましょう、シェザード様」


 私の手を引くシェザード様が、何度目かの声をかけてくださる。

 休息を断り、足を進めた。


(私が死んでしまったのは、一度目の今日。卒業式のすぐ後のこと)


 階段を登りながら、私はあの日のことを思い出していた。

 シェザード様の卒業式は、午前中で終わった。私は卒業式のすぐ後に、裏庭へと向かった。

 裏庭で待っていると、シェザード様にお手紙を出していたからだ。

 けれど、そこにいたのはアルタイル様だった。


 同じ時刻に私の命が終わるのだとしたら、それはもう目前まで迫っている。


 いつの間にか、私たちの周りを紫色の蝶が取り囲むようにして、飛び回っていた。

 雪ばかりだった景色に、色が戻ってくる。

 雪の中に、桃色や黄色、赤や橙色の小さな花がぽつりぽつりと咲き始めている。


「……綺麗」


 私は小さな声で呟いた。

 目の前には空を貫くほどに高い、巨大な白い塔がある。

 神の塔には季節はない。いつでも暖かく、花が咲き乱れている楽園のような場所なのだという。

 確かに、その通りだ。

 高い塔の頂上まで登るのかと思うと、眩暈がするようだった。


「ルシル……!」


 不意に、足がもつれた。

 転びそうになる私を、シェザード様が支えてくださる。


 どういうわけか、視界が暗い。

 先ほどまで、紫の蝶と、美しい花々が見えていたはずなのに、真っ暗で何も見えない。

 突然夜になってしまったようだ。

 私を支えてくださるシェザード様の手を、掴んだ。

 けれど、指先の感覚が失われたように、手に力が入らない。


「……シェザード様、……私、……私は」


「ルシル、大丈夫だ。俺はここにいる。どうか、……間に合ってくれ」


 足元から地面の感覚が失せた。

 力強い腕が、私を抱き上げてくださるのが分かる。


「ごめんなさい、……いつも、迷惑をかけてばかりで」


「俺のことは気にしなくて良い。迷惑など思っていない。……目が見えないのか?」


「……私、……はい。体に、力が、入らなくて」


「痛みは?」


「痛くはありません。……辛くも、ありません」


「すぐに、頂上まで登る。女神に会おう」


 シェザード様の呼吸が乱れている。

 体が揺れる感覚がある。塔を、登っているのだろう。

 何も見えない。

 音も、遠ざかっている気がする。


 耳が聞こえなくなる前に。

 言葉が話せなくなる前に。


 伝えなければ。


「シェザード様、ありがとうございます。今まで、……ずっと。大好き、です」


 私は、微笑むことができているだろうか。

 自分がどんな表情を浮かべているかさえ、よくわからない。


「ルシル。俺は、側にいる。お前と共に」


「……どうか、幸せに、なって」


「お前がいなければ、俺の命になど意味がない。二人で、帰ろう。大丈夫だ、ルシル」


「……っ、エ、ド……様」


 呂律が回らず、言葉もうまく出てこない。

 瞼の裏側に、あの時と、あの裏庭で見た風景と同じ、強い光が差し込んでくる。

 ちらちらと、光が舞う。


 光は、紫の蝶の形をしていた。


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