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最果ての街アルマ



 天を貫くような高い山脈が連なっている。

 万年雪に覆われた山脈の向こう側は神々の住まう地が広がっていると言われている。

 高い山脈を踏破した者はいない。だから、実際にはどのような景色が広がっているのか誰にもわからない。

 ただ一つわかるのは、そこは聖地であること。

 女神を祀るために建てられた神の塔の歴史も不可思議で、誰がそれを建てたのか古い文献にさえのこされていない。


 古い世代の方々も皆口を揃えて「自分が産まれた時からあった」のだと語るのが、山の中腹に導のように建っている神の塔なのである。


 巡礼者たちが最後に訪れる場所、最果ての街アルマは、山の麓に山に寄り添うようにして広がっている。

 高台には立派な教会があり、地形の形を利用して家々が建てられて、高低差のある土地は階段で繋がっている。平坦な場所よりも階段の方が多い印象だった。


 私とシェザード様はアルマの宿で身を清めて、久々の温かい食事をとった。

 雉肉のスープと茹でた馬鈴薯をチーズと共に焼いたものを食堂で食べると、部屋に戻る。


 明日の朝には、神の塔に向かう。

 私は清潔に整えられた広い部屋の、小さめの窓から、満点の星空を眺めていた。

 オイルランプの灯が部屋を優しく照らしている。

 宝石をばら撒いたような夜空に、細い月が浮かんでいる。


「懐かしいな、ルシル。……こうして二人でいると、王都の宿を思い出す」


 シェザード様が、窓辺に立っている私を背後から抱きしめて言った。

 私は体の力を抜いて、シェザード様の腕に手を添える。

 羊毛で折られた白い夜着が、ふわりとして気持ち良い。


「花火を見ましたね、一緒に。私、緊張してしまって、花火どころではなかったような気がしますが」


「緊張? ……あぁ、そうか」


 シェザード様は私に覆い被さるようにして、そっと唇を合わせる。

 呼吸を奪うように深く合わさるそれに、私は目を伏せた。

 緊張は、いつでもしている。

 今も。


「あの時、はじめてルシルに触れた。夢のように、幸せだった」


「……はい、……私も」


「今年も、一緒に見よう。先のことを考えると、欲が出てくるな。フラストリア家を俺が継いで、……ルシルが、学園を卒業するまで待つのは、嫌だ」


「二年、あります」


「卒業しなくて良い。俺と共にフラストリア家に帰り、ずっと一緒にいて欲しい」


「レグルス先生は、フランセスにきちんと卒業しろと言っているようですよ」


「レグルスほど、俺は大人になれない」


「それじゃあ、私も一緒に帰ります。シェザード様と、一緒に」


「ルシルは俺に甘い。多くを求めそうになってしまう」


「もっと甘えてください。もっと、沢山」


 私はくすくす笑った。


 三月二日。

 アルマに辿り着いた今日は、奇しくも私の命の期限の前日。

 これも何かの、運命かもしれない。

 蝶が導いてくれたのだから、女神様は私たちを見守っていてくださっているのだろう。

 まるで、神の塔で私たちの訪れを待っていてくださっているような気さえする。


 明日になれば、私の限られた時間が、終わってしまう。

 それなのに、私はいつも通りで、不調も何一つない。

 明日には命が終わってしまうなんて、何かの冗談のように感じられた。


「きっと、毎日お父様に連れ回されますよ。釣りや、狩りに」


「ルシルも一緒に行ってくれるか?」


「狩は難しそうですけれど、釣りは覚えます。色んなこと、一緒にしたいです」


「母上に怒られるだろうか」


「お母様は呆れるかもしれませんね。でも、良いのです。私、もしかしたらシェザード様よりも、釣りがうまいかもしれません」


「あぁ。ルシルは、上手そうだな。大きな魚を釣り上げて、慌てふためいて湖に落ちそうになる姿が目に浮かぶ」


「運動は確かに得意ではないですけれど……、シェザード様がいるから大丈夫です。助けてくださいますよね」


「勿論」


 シェザード様の体が揺れる。

 笑ってくださるのが嬉しい。


「皆、元気でしょうか」


「心配しているだろうな。父上に謝らなければいけないことが、また一つ増えてしまった。ルシルを危険な目に合わせた」


「内緒にしましょう?」


「そういうわけにもいかない」


 シェザード様は軽く首を振った。

 逞しい腕に添えた私の手のひらに、私よりもずっと大きな手のひらが重ねられる。

 長くしなやかな指先が、私の手の甲を優しく撫でた。


「……卒業式、明日ですね」


「あぁ。必ず帰ろう、ルシル。父上が、婚礼用のドレスを用意して待っている。婚礼の式をあげて、俺の家族になってほしい」


「私はもう、シェザード様の家族です」


「ありがとう、ルシル。愛している。何があっても、それだけは変わらないと誓う」


 シェザード様は私を抱き上げると、とさりとベッドに横たえた。


「私も、シェザード様を愛しています。それだけが私の、唯一の、誇りです」


 触れ合う肌が、熱を持ったように熱い。

 私は、精一杯綺麗に見えるように、微笑んだ。


 もう、後悔はない。

 何が起こっても私は、大丈夫。


 シェザード様は祈るようにして、私のペンダントの雪の結晶に、唇を落とした。


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