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小屋での一夜



 パチパチと、木が燃える音がする。

 冷え切った手足に温度が戻り、じんと痺れている。

 狭い小屋の中を、暖炉の炎が橙色に染めていた。


 私は毛布にくるまれている。

 手も足も外に出すことができないぐらいにぐるぐる巻きにされているようだ。

 そんな私を、力強い腕が抱きかかえている。


 ぱちりと瞼を開いた私が見たのは、シェザード様の、まるで全ての外敵から大切なものを守ろうとしている、獅子のような姿だった。


「これも、夢……?」


「夢じゃない。……ルシル、……俺は、ここにいる。お前の傍に」


 抱きしめる腕に、更に力が籠った。

 シェザード様の神秘的な紫色の瞳が、射抜くように私を見ている。


 苛立ちと、苦しさと、泣き出しそうな必死さと、色々な感情が混じりあった瞳を、私はみつめた。


「すまない。俺のせいだな。置いて行って、悪かった。……それが最善だと、思っていた。こうなることは予想ができたはずなのに」


 シェザード様は懺悔するように言って、私の首筋に顔を埋める。


 銀の髪が頬にあたり、くすぐったい。

 力強い温もりと、柔らかい髪の感触に、私は目を細める。


 ――夢じゃ、ない。


「会いたかった……、シェザード様、会いたくて、私……、どうしても、……ごめんなさい」


「謝らなくて良い。……今はゆっくり休め。……足の傷を見た。もう傷つけないと誓ったのに、俺は、愚かだな」


「私が悪いのです。全部、私が。それでも、私は……」


「ルシル、……お前は、悪くない。俺が……」


 悔いるように言うシェザード様に、私は手を伸ばそうとした。


 けれど、毛布に巻かれているせいで、抱きしめることができなかった。


「……もう、置いていかないでください」


「あぁ。約束する」


「シェザード様が行くのなら、私も一緒に、女神様に会いに行きます」


「そうだな、ルシル。最初からそうしていれば良かった。……俺は、間違えてばかりいるな」


「シェザード様は、いつも私を救ってくださいました。……私は幾度も、シェザード様に」


 雪の中で見た幻想を思い出す。

 シェザード様が私に手を伸ばしてくださらなければ、私はもっと早く、命さえ失っていただろう。


「救われているのは俺だ、ルシル。……お前がいない世界など、いらない。……お前を待つ運命からお前を救うためなら、女神の命を奪っても良い。そう、思っていた」


「そんな……」


 そこまで、思い詰めているなんて、気付かなかった。

 女神様を――殺めるなんて。


「駄目です、シェザード様、そんな……」


「あぁ。俺が間違っていた。……女神がお前を運命から救わないというのなら、女神を殺す。そんな姿を、お前に見せるわけにはいかない。……だから、一人で、神の塔に登ろうとした。だが、ルシル。アルタイルが、早馬で手紙を届け、俺に知らせてくれた。ルシルが俺の元へ向かったと」


「アルタイル様が……」


「アルタイルはルシルを連れ戻さないと決めたようだ。それが、ルシルの為であり、俺の為だと。……手紙を貰って、それから、吹雪が来た。……嫌な予感がして、……吹雪の中、進んできた道を戻った」


 私の行動で、シェザード様の身も危険に晒してしまった。

 罪悪感を感じたけれど、それ以上に、こうして会えたことが胸がいっぱいになるぐらいに幸せだった。


 でも、どうやって、雪の中私を探し出してくださったのだろう。


「雪の中、俺を呼ぶお前の声が聞こえた気がした。声を頼りに進むと、紫色の蝶が飛んでいた。蝶が、お前の元へ俺を連れて行ってくれた。……あれはきっと、女神の化身なのだろう」


「女神様の……」


「女神の元へ辿り着くことのできる巡礼者は、蝶の幻を見る。教会の謳う聖典に書かれた伝説の一つだ。御伽噺だと思っていたが……、導きだったのだろうな、きっと」


「シェザード様……、どうか、女神様に、刃を向けることは……」


「あぁ。……分かっている。……どんな結末になったとしても、俺はそれを受け入れる。お前の傍を、離れたりしない。ずっと一緒だ、ルシル」


「……っ、……はい」


 声が、震えた。

 視界が潤み、涙が流れ落ちる。

 シェザード様は私を、何も言わずに抱きしめてくれていた。

 髪を撫でる手が心地よい。

 私は不自由な体を、毛布の中でもぞもぞと動かした。 


 もっと近づきたい。


 触れたい。


 ここにいることを、確かめたい。


「私も……、シェザード様に、触れたいです。……毛布、外しても良いですか?」


「……いや、……良くないな」


 シェザード様は何故か躊躇うようにして、小さな声で言う。


「もう、温まりました。シェザード様も一緒に、毛布にくるまってください」


 少しだけ不満に思った私は、遠慮をすることをやめてはっきりと思いを伝えた。


 こんなところまできて遠慮をしたり恥ずかしがるのは、もうやめよう。

 残り僅かなのだから、きちんと伝えたい。


「……駄目だ。……その、……服が、雪で濡れた。今は、暖炉の炎で乾かしている」


 シェザード様の視線を追うと、私の着ていた白いマントや、巡礼者の服が、ベッドの端にかけられていた。

 私たちは暖炉の前に敷物を敷いて、その上に座っている。


 あらためて確認すると、シェザード様は上着を脱いでいて、黒いシャツを一枚着ているだけだった。


 私は――


「……気にしません、私……、私は、……私は、シェザード様の、ものですから」


「ルシル……、だが」


「ずっと、触れて欲しかった。……もっと、強く。沢山」


「……ルシル。駄目だ。長く、耐えてきた。……もう堪えられる、自信がない」


「……シェザード様。……愛しています。私は、後悔したくありません」


 十分温まった手足は、動かすことができる。

 私は毛布からなんとか抜け出すと、シェザード様の首に両腕を回した。


 シェザード様が息を飲む音が聞こえた。


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