3 死者を生き返らせると意外と感謝される
シンはクレアの誘いを受け、ギルドを作ることにした。
相手はあの領内最強格のアタッカーで且つ気心の知れているクレアなのだから断わる理由はない。
「でも良いのか? あんな有名ギルドを辞めてしまって。それに向こうもエースのお前をそう易々と手放すとは思えないが」
「平気です」
即答するクレア。
しかし結論から言うと、まるで平気ではなかった。
翌日、
「シンさん、元ギルマスに呼び出されてしまいました。一緒に来てもらえますか?」
と言われて、二人で一緒に街一番のギルド”プリンセスユニオン”のギルドマスターのところに出向くことになった。
「すみません」
道中申し訳なさそうにするクレア。しかし謝る必要はない。
「俺たちはもう仲間なんだ。だから何か問題が起こればそれはもう二人の問題だし、一緒に解決するのが当然だ。大切なのは信頼関係だよ。俺はお前を信じる、だからお前も俺を信じろ」
「二人の……っ問題……っ! 信っ頼っ関っ係っ!!」
クレアは相当嬉しかったようで、天使のような笑顔でバイブみたいに大袈裟に悶えていた。
ギルマスの住まいに到着する。
そこは街全体を見渡せる小高い丘の上に建つ、見るも豪華な宮殿だった。
「すごい家だな」
「ギルマスであるプリシラは、ここら一帯の領主である公爵家の令嬢ですから」
そうだった。
プリンセスユニオンはその名の通り、公爵令嬢がギルマスを務める組織なのだ。
◇
この世界の冒険者ギルドは二種類。
”王立ギルド”と”私立ギルド”。
冒険者はいずれかのギルドに所属する。
前者は王立である故、安定しているが報酬額は普通。後者は私立故に全ての待遇はピンキリ。しかし上振れも下振れもスゴい為ロマンがある。
プリンセスユニオンは貴族であるギルマスの莫大なる財力とコネを余すことなく活用し、創立二年でこの地域最大規模になった私立ギルド。
◇
宮殿の門のところでメイドらしき水色髪の美少女が待ち構えており、こちらを見るや否や
「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
と案内を始める。
彼女はどうやらエルフ族のようだ。透き通るような髪色、そして特異な耳の形と白磁の如き白肌が特徴的だ。
(ん?)
――と、メイドの目元がどこか赤く腫れぼったくなっているのに気がついた。
涙のあとだろうか。
「何か悲しいことでもあったの?」
訊いてみる。するとメイドの子は怪訝にしたが、でも短く、そしてとても暗い声で言い落とす。
「申し訳ありません。今朝方……、可愛がっていた愛玩生物が事故で亡くなった」
「……そうなのか」
「はい。ずっと一緒に育ってきた、家族同然のフェアリーだった。でも仕事を始めてからは忙しくて、全然構ってあげられなくなってた。いつもあの子はずっと一人きりで部屋でお留守番。とても寂しそうだった。一日休みがもらえたら、その時は思い切り遊んであげたいって、そう思ってた。そう思って、既に一年以上が経ってた」
メイドとはずいぶんと過酷な仕事のようだ。
「だから昨晩、部屋で冷たくなった死体を見つけた時は悲しみと後悔でいっぱいになった。とても可哀想なことをした。もっと傍にいてやりたかった。結局、約束を果たしてあげることも出来なかった。あの子はずっと我慢して待っていたのに。こんなことなら、仕事なんてさっさと辞めれば良かった。後悔しても遅いけど。結果論だけど。とても悲しい」
彼女の指さした方角を見ると、確かに庭の端に、遺体を埋めたらしい僅かな跡が見えた。
シンは案内を外れ、その方角に歩いて行く。
そして土を掘り返し、遺体を土中の中から見つけ出した。
肩の上に乗りそうな、細く小さな狐のようなフェアリーだった。
「お客様、いったいなにを!」
気がつき急ぎ走り寄ってきたメイドは、僅かに怒気を滲ませ声を荒げる。
当然の反応だ。墓を暴いたのだから。
でも――。
「もし君が許してくれるなら、この身体に魂を呼び戻し、それでもう一度、君にやり直しのチャンスをあげることが出来る」
勇気を振り絞って言って、シンはぎゅうと目を瞑った。
キモい。不気味。悪趣味――。
かつてパーティの皆から浴びせられた暴言がフラッシュバックする。
しかし、
「えっ、まさか……、ホント? もし本当なら、お願いしたい。お礼なら何でもする。是非……是非……!」
目の前の少女はそうは言わなかった。
予想外に、真摯に、切に、涙乍らに請われる。
「……え、うん。分かった。……それならば。――屍骸術【アウェイク】」
拍子抜けしながらもシンが魔術を唱えると、フェアリーに光が降り注ぎ、包まれ――。
やがて死体は目覚め、起き上がる。
そして、
「キーくんっ! キーくん!!? キーくんだっ!」
「キキキ――ッ!」
メイドは、キーくんこと狐型のフェアリー種と抱き合い、涙の再会を果たした。
「……これは、間違いなくキーくん。キーくんそのもの。どうして? すごい……! 死者をもう一度蘇らせられる術士なんて聞いたことない……」
彼女は涙を流しながら呆然とそう呟き、それから
「ありがとうございます、本当に……っ!」
と何度もお礼を言った。
「い、いえ……まさかそんなに喜んでもらえるとは」
「こんなの喜ぶに決まってる。神様って、本当にいるんだなって、今そんな気持ち」
「は、はあ……そうか。なら、よかった」
死者を生き返らせて、それでまさか誰かにお礼を言われる日が来るなんて。
予想外の出来事だ。
いつもそれをして聞くのは嫌悪の悲鳴だったから。
怖かったけど、勇気を出して提案してみて本当に良かった。
「よかったですね、シンさん。さすがです」
クレアが嬉しそうにシンの手を握る。
「キキー!」
キーくんもシンの首もとにくるくると戯れてきて、懐く。もふもふで気持ちがよい。
メイドの子がその様子をニコニコと眺める。
「キーくんもあなたに感謝し、そして慕っているようです。あなたのことがとても好きだと」
「そうか」
「はい。……それに、私もごにょごにょ」
「うん?」
「なんでもない」
メイドは顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうにスカートを直した。
「本当にありがとうございました。お客様、お名前はなんとおっしゃいますか?」
「……? シンだけど」
「シンさま……。私はルナ。このご恩、絶対に、忘れません」
ルナはそう言って、ものすごく素敵に微笑む。
「むむ……!」
そんな彼女に、なにかを感じ取ったのかクレアは複雑な声音を漏らしていた。
やがてルナは、シンの周りに面倒な恋愛のいざこざを持ち込むことになるのだが、それはいくらか後のことである。
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