20 奇跡と代償、生き様と時間
「おまえ……いったいなにしてるんだ? そんなところで」
居眠りから目を覚ますと、目の前では半裸のクレアがシンの腰の上に跨がっており、なにやら怪しげな瞳でこちらを見つめている。
恍惚と残酷の狭間みたいな、そういう目をしている。
「……クレアにください」
「は?」
「せめて、シンさんの初めてを、クレアにください」
「な、なんで初めてって決めつけてんだよ、そうじゃないかもしれないだろ!?」
「決めつけてません。知ってるんです。シンさんは童貞です。クレアは、シンさんのことなら、なんでも知ってます」
クレアは薄く笑う。
その笑みはとても綺麗だったが、でも同時にどこか狂気じみた恐ろしいものを秘めていた。
彼女の下半身を確認すると、なにも履いていなかった。薄い白い着物を、一枚羽織っているだけの状態。
そしてシンのズボンも、全て脱がされてしまっている。
「もう、どうでも良い気分なんです……」
「どうでも……って……」
「人生に絶望しました。もう生きている意味を見いだせません」
「いったいお前になにが起きたんだよ……」
問うと、彼女は瞳にいっぱいの涙を浮かべ、嗚咽した。
「シンさんのばかあああ!! クレアという者がありながら、他の女と結婚するなんてええええ!! 裏切り者、バカああああ、もう知らないです! もう……もうぅうぃうううう!!」
胸に何度も手を打ちつけながら、泣きじゃくる。
シンは縛られている腕をなんとか動かして、彼女の頭を不器用に撫でた。
するとクレアはあやされた赤ん坊のように若干の平穏を取り戻し、やがてうなだれて、コツンと胸に額を当てる。
「……他の女と結婚するなんて、酷いです。だからクレアは、シンさんの初めてだけは貰って、もう死にます。今さら謝ってきたって、もう遅いですから。やめてあげません」
シンの手足は太いロープでキツく、何重にもグルグル巻きにされている。おそらく、よほどのフィジカル強者でもどうにも出来ないであろうほどの厳重さだ。
だから抵抗しようにも、しようがない。
――が、
なぜかシンはその時、自分なら引きちぎれるんじゃないかという気がした。
根拠なき予感――。
しかしその予感は現実のものとなる。
ビチビチビッチ――!
シンが腕に力を込めると、そのロープは容易に引きちぎられた。
「……え?」
クレアはその状況を目の当たりにして、唖然とする。
「そんなまさか……っ!」
まるで人間業ではない芸当。それを戦士職でもない目の前の屍骸使いが成し遂げたことに、驚きを隠せないでいる。
しかしそれはシンも同じだった。自分で自分に驚いている。
そう言えばローゲリアスに剣の修行を付けて貰った時も、似たような感覚に襲われた。
まるで自分の力ではないような力を、自分のものとして発揮できているような――。
それでハッとして、自身の頭の奥底を探る。
新スキル【コーリング】の発現を確認した時と同じように、自身の力の確認作業に入る。
そして目的のものを見つけた。
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◯新パッシブスキル【リーディング】Lv1
屍隷を一人増やすと、一人につき約1%の魂値を自身に加算し、且つクラス特性を自身に取り込むことが出来る。
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これか。
ここ最近になって【アウェイク】をよく使うようになって、いつの間にか習得して使っていたらしい。
(なるほどね)
自身の魂値を確認してみると、確かに以前の”1,300”から”1,545”に増加している。
つまりこれから屍隷を増やすごとに雪達磨式にシンは強くなっていくということ。しかも今がレベル1ということは、ひょっとすると更に習熟度が上がれば、加算割合も増加する可能性もある。
加えて、身に覚えのない剣の才覚についても、これで説明がいく。
剣士であるローゲリアスの力をシンは取り込んでいたのだ。
そして今の素手の馬鹿力は、おそらくフリーデのものなのだろう。
「うぅぅ……」
クレアは悲しげに俯き、もはや力ずくでもシンを手に入れられないことを悟る。そして涙をこぼした。
しかしシンは、彼女を押し退けることはせず、代わりに、自由になった手で、再び、今度は優しく慰めるように彼女の頭を撫でた。
「ううう……」
涙が別の意味のものに変わる。
クレアは悔しげにシンの胸元をまさぐり、衣服をはだけさせる。
「……え?」
しかしそこから覗いたシンの肌を見て、彼女は表情を一変させた。
シンの身体――その所々には、痣のような紋様が刻まれていたからだ。
「シンさん、これって?」
「……屍隷を増やすと、俺の身体にそれが刻まれる。最近気付いたことなんだが、どうやら命を吸っているようなんだ」
「………………え?」
「屍隷の魂値が大きければ大きいほど、刻まれる刻印も面積が大きくなる。そして大きい刻印は、小さいものよりも当然吸う命が多い」
「ちょ、ちょっと待ってください。シンさん、なにを言っているんです?」
「左鎖骨と、右脇腹のあたりの刻印――それはつい先日までは無かった。つまり、ランスロットとジョッドにより出来た刻印だ。サイズ的に、右脇腹の大きな方がジョッドだな」
「い、命を吸っているって、どうして分かるんです? 本当なんですか?」
「……感覚によるものだから、確証は無いよ。でも、たぶん合ってる」
日々、なにかを失っている。そんな得体の知れない喪失感を、長年——つまり最初の屍隷であるフリーデを目覚めさせてからずっと、薄ぼんやりと感じていた。
そしてその感覚は、ここ最近になって、とても大きなものになった。つまり、屍隷の数を増やしたことが原因なのだ。
フリーデもそれになんとなく感づいていた。
だからジョッドの時、遠回しに牽制したのだ。
「命を吸うって、なんですかそれ。全部吸われたらシンさんはどうなっちゃうんですか? ダメです、許しません! そんなのダメです!」
クレアは狂乱じみた混乱を見せた。
「刻印を――屍隷を全部解除してください! 今すぐ!」
「無理だよ。命は常に不可逆な存在。ネクロマンサーの場合は、ただその矢印が反対なだけ。目覚めさせたものを再び眠らせることは不可能だ」
「じゃあなんで! なんで! なんであんな無意味に蘇生なんてしていったんですか!! ランスロットさんの時にはもう気付いていたんですよね!? じゃあなんで……なんでッ!?」
「……無意味なんかじゃない。言ったろ? 俺は最強になるんだ」
それでレイナさんを救う。
「それに……、俺は酬われないことの悲しさを、それなりには理解しているつもりだから」
パーティの皆に裏切られた時は、とても悲しかったから。
もしかして俺は本当にダメなやつで、本当になんの役にもたたないゴミクズなんじゃないかって、そうとすら考えだしていた。
「でもそんな俺に自信をくれて、手を差し出してきてくれた奴がいたんだ」
それが無かったら、もしかすると俺はダメになっていたかもしれない。そのまま無念のままに終わっていたかもしれない。
俺は幸運だった。そしてとても感謝している。
だから——。
「俺も、差し出せる手は、差し出してやりたい。そんな無念のまま死んでいるのを、黙って見て見ぬふりをしたくないんだ」
「ばか……ばか、ばか、ばか、ばか……シンさんは……ばかです」
クレアは泣いた。大泣きした。何度も胸に拳を打ち付けて、やがて嗚咽して、夜明け頃には疲れて眠ってしまった。
昼頃になって目を覚まして、シンに向かってクレアは告げる。
「クレアは、シンさんを死なせません。刻印に吸われた命を元に戻す――その手段を絶対に見つけ出します」
「えらい変わり様だな、昨晩から」
そう言うと、彼女は吹っ切れた様な、もしくは生まれ変わったような、そんな素敵な笑みを浮かべた。
「クレアは、シンさんが優しいことを誰よりもよく知っています。そして――」
(そんな優しいシンさんが、クレアは大好きです)
しかし彼女はその内心は言葉にしなかった。
「シンさんが、シンさんらしくいられるように、クレアがそんなシンさんをこれからもずっと見ていたいから……。だから、」
――クレアは、シンさんの横に、これからも居続けます。
なにがあろうと。
あなたの横で、あなたを守り続けます。
「だから安心して、シンさんは好きに生きてください。それを支えるのが、正妻のつとめですから」
「……ん? せいさ――なんだって?」
「いいえ、なんでもないです。なんでも、ないですよ」
クレアはそう言って、クスクス笑った。
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