第二話 そなたの神聖な血を穢したい
私フォリナ・モナドは、処刑される所を吸血鬼の少女ノンナ=ルイナに救われた。代償として、彼女の氏族のため聖剣の乙女になる事を了承する。
◇◆◇
吸血鬼の隠里に辿り着いた頃には、薄明が見え始めていた。
三名の吸血鬼達は、里に一棟だけ有る屋敷に急いで逃げ込む。
リーダー格の妖艶な女性が、屋敷のホールに使用人達を集めた。
「貴女達、大切なお客様だから牙を立てないでね」
彼女は、配下に指示を与える。客とはもちろん私の事だ。
「承知致しました。閣下」
使用人達が頭を下げて一斉に返答する。三十名ほどいるが、これが全員吸血鬼なのだろうか?
「失礼ですが、閣下。お名前と爵位を伺ってよろしいでしょうか」
私は思わず相手の身分を確認してしまった。王の妾とは言え男爵の身分が付属したので、相手の爵位に応じて呼び方を変える癖が付いてしまっている。言ってから、もう自分が身分を剥奪された罪人である事に思い当たった。
「自己紹介がまだだったわね。私は月夜の王臣下ニーナ伯爵ミラ=ケイナ・トート・セフィサス。伯爵でいいわ」
伯爵は快く自己紹介に応じる。乗馬服を着た男装にも関わらず妖艶さが溢れているのは、度々見せる流し目とえくぼのせいだろうか。
「彼は、コイト男爵トーラ=ルス・コイト」
続いて伯爵は男性の吸血鬼を紹介した。
「コイトと呼んでくれ」
彼は気軽に、姓のみで呼ぶ事を了承する。
乗馬を手伝ってくれた親切な吸血鬼は、重武装で胸甲を着込んでいる。美男子では無いが素朴な造形の顔は、万人に好まれるであろう。
「月夜の王臣下ピウルス伯爵二女ノンナ=ルイナ・レニウ・イルギウム。父の名代として、そなたを助けた。計画の主導は父と私であり、伯爵とコイトは助太刀として参加して貰っている。私とそなたの契約は対等だ。ノンナ=ルイナと呼ぶがいい」
紹介を受ける前に、ノンナ=ルイナは自ら声を上げた。
「カトリのカルハグ王の妾、フォリナ・モナド」
私はそう名乗る。爵位を剥奪されたとしても恥じる事は無い。王を愛した日々は確かに存在したのだ。
「聖剣の乙女フォリナ・モナド、期待している」
ノンナ=ルイナは握手を求め、私はそれに応じる。
王都では明確に分からなかったが、良く観察すると彼女の犬歯ははっきりと吸血鬼のそれだ。
燭台の灯りで見ると、彼女は十四歳ぐらいに見える。
吸血鬼の成長速度について私は良く知らないが、彼女が幼い事は間違い無いだろう。
「さあ、フォリナ嬢とノンナ=ルイナ嬢には休息が必要よね。人間の食事も用意させたわ」
伯爵は屋敷の使用人達に、遠回しに仕事を指図する。
一日以上食事を摂っておらず酷くお腹が空いていたが、食事の前に私は傷の手当てをした。
罪人として拘束されてからの乱暴な扱い、磔刑台からの落下、装備無しでの乗馬と傷の原因には事欠かない。ただし戦闘では傷を負わなかった。
私に使用人が付く。ソラ=ルナという名前の吸血鬼の女性だ。整った容姿を青いドレスに包んでいて、清楚な感じがする。
「フォリナ様、尊い血の匂いが漂います。私も辛いです」
傷を洗いながら、ソラ=ルナは告白した。
彼女はその綺麗な顔を崩して、今にも泣きそうだ。
「美味しそうなのですか」
私は固まった笑いで応じた。
「極上の血です。屋敷の者はだいたい吸血鬼です。フォリナ様、気を付けてくださいませ」
「気を付けるとは言え、剣を抱いて寝るぐらいしか有りません。ですが私に手を出せば、ノンナ=ルイナ嬢は烈火の如く怒るでしょう」
「そちらについては周知します」
ソラ=ルナは済まなそうな顔で言う。
「お願いします」
「さて、次はお召し物の採寸です。滅多な事をしないように私を監視していてくださいませ」
彼女が告白するように、吸血鬼屋敷への処女の闖入は、住民の理性に影響を与えている。
そんな訳で、採寸後に着せて貰った着替えは剣が佩ける男装にした。久しぶりに剣の重みが腰に掛かる。
次にソラ=ルナは、私に食事を供するために屋敷内を案内した。
彼女に促されて入った応接の間には、背の高い机が運び込まれている。
机の上には一人分の人間の食事が並べられていた。
「男装も似合うな、フォリナ嬢」
「ありがとうございます、コイト」
部屋の中で待っていたコイトが私を椅子に案内する。
伯爵とノンナ=ルイナはこの場には居ない。
「済まないな、ここでは人間の王宮の食事は用意出来ない。里に有る人間の商家に頼んで作って貰った」
コイトは用意した食事の内容を詫びる。
串焼きと、牛肉が入ったシチュー、白パンの食事。商人の娘だった頃の食事内容を思い出す。
王宮の料理と言っても、私は妾で、厨房が別だったので好きに主宰していた。それが貴族達には新鮮であり流行はしたが、材料が豪勢なだけで料理内容は田舎料理と違わない。
私は悪戯心を出して羊肉の串焼きを手に取ると、櫛から直接食べて見せる。
「そうだな、互いに生まれは変わらないかも知れない」
コイトはその素朴な顔を破顔した。
「王宮に居たのは三年ですから、気になりません」
「三年の妾というのは短くて可哀想になる。俺は二百五十年間伯爵の〈食事〉だった。互いに飽き飽きして、俺は伯爵の印を受けて吸血鬼となった」
コイトはそう私に同情した。
吸血鬼社会の本当の事は人間には知られていないが、印とはおそらく人間を吸血鬼に変える特別な血の事であろう。
「コイトは、元は人間だったのですね」
「そうだ、商人の息子だったんだ。伯爵は悪食だから、選択の余地も無く吸血鬼の〈食事〉になったけれども、まあそれも悪く無かったさ」
「伯爵閣下とノンナ=ルイナ嬢は?」
私は串焼きの串から上品に肉を切り取りつつ、疑問を口にする。
「彼女達は生まれつきの吸血鬼だ。人間の食事内容に慣れていない。同席しないのは許してあげてくれ。俺も今は人間の食事を食べられる訳では無いが」
「私も吸血鬼の食事を目にするのでしょう」
逆もまた然りだ。私はそう達観を述べる。
「おそらくそうだろうな」
その一端は予想外に早く訪れた。
食事後、私はソラ=ルナに連れられて寝室に向かう。
途中人間の女性に絡まれた。人間と分かったのは、お酒の匂いがしたからだ。
「あら、この娘がノンナ=ルイナ嬢の新しい〈食事〉? すごく綺麗な娘。お友達になりたいわ」
彼女にそう話しかけられた。
純朴そうな容姿の村娘だったが、首が隠れるドレスを着ている。すなわち吸血鬼の〈食事〉なのであろう。
後から伯爵が急いで駆けつける。
「やめなさい、キイラ、みっともない。申し訳ないわね、フォリナ嬢。この娘酔ってるから」
そう謝罪しながら、伯爵は彼女を連れて部屋の一つに消えた。
「彼女が伯爵閣下の〈食事〉なのですか?」
私は彼女を目で追いながら、ソラ=ルナに聞く。
「そうです」
「伯爵閣下は素朴な方を好まれる様ですね」
私の感想に彼女は苦笑いした。
二日酔いの匂いがするが、吸血鬼は酒に酔った〈食事〉で酔わないのだろうか?
伯爵と彼女の〈食事〉が入っていった部屋から奥に二つ、ソラ=ルナは一つの部屋の前で止まった。
「フォリナ様、先ほどは、ああ申しましたが安心してお休みください。吸血鬼は他人の〈食事〉には手を出しません」
彼女は部屋の扉に手をかけて、唐突に話を切り出す。
「どうゆう事ですか?」
私は疑問を挟んだが、ソラ=ルナは構わず扉を開けた。
「フォリナ=モナド、そなたの神聖な血は屋敷に緊張をもたらした。便宜上そなたを私の〈食事〉としたが、契約外の話だ。契約中はそうしないし、契約完了後も望まぬ限りそうしない」
部屋の中の椅子にはノンナ=ルイナが座っていて、私の疑問に答える。
朝にも関わらず、部屋には一切の外光が入っていない。燭光だけが彼女を照らしていた。
「契約通り、私は聖剣の乙女になります。聖剣を抜けなかった場合や契約を終えた場合は、その時に考えましょう」
私は少し考えてから返事をする。
別に吸血鬼なんてまっぴら御免という訳では無い。私が磔刑台から助けを呼んだ時点で既に選択肢は限られている。ただ、コイトが言う様に吸血鬼と〈食事〉が長時間を共に過ごす間柄ならば、もう少し相性という物を見極めても遅く無いと思っただけだ。
「そなたの聖なる血を穢したいという衝動が私には有る。父とカルハグ王はそなたを奪い合い、王が勝ち取った。王がそうしたように、私はそなたの全てを得たい」
唐突に吸血鬼から告白を受ける。
それと共に、かつてカルハグ王と共に私に会いに来た戦士の正体に思い当たった。
「まさかハンリ・エト」
私はその戦士の名前を思い出す。
「我が父、ピウルス伯爵ハンリ=エト・レニウ・イルギウムだ」
「ノンナ=ルイナ、返事は急ぎますか?」
「フォリナ・モナド。そなたが望む時で構わない」
ノンナ=ルイナは、座っていた椅子から飛び降りると寝室の扉に向かって歩く。
「おやすみなさい」
私はすれ違いざま、就寝の挨拶をする。
「良く休むと良い」
ノンナ=ルイナは、私を見上げると挨拶を返した。
すいません一ヶ月おきぐらいにしか投稿せずに。今一話五千字程度五話〜八話構成の物を三編抱えています。
文体がどんどん変化して辛いですね。