六話 黒騎士ユタカは魔剣に裏切られる
クラウンを奪うって飛躍し過ぎじゃないか。
専業主婦に仕事をさせたくない旦那みたいだな、このブルガーって奴。
そもそも俺には愛しのリズ様がいるんだぞ、そんな暇はない。
双子にもグリストミルがいるし。
「クラウンは無事なのか」
まずはそこを確認しておかないと。
酷い扱いを受けていなければいいんだけど。
「無事もなにも、俺がクラウンを傷付けるはずないだろ?」
呆れた表情で、さも当然のように言われてしまった。
監禁して行動を制限してるくせになんだその自信は。
「モラハラ野郎にしか見えねーからわからないんだよ」
俺の言葉に、ブルガーの顔が険しくなる。
でもそれは怒りというよりは、苦々しい表情をしていた。
「そうだね、俺もそう思うよ。でも止められないんだからしょうがないじゃないか」
最初は切なげに見えたがすぐに持ち直し、声が明るくなる。
情緒不安定だな。
「それでもクラウンは受け入れてくれた、こんな俺を。ふふ、ははは、俺は間違っていなかったんだ。だからね、君はいらない!!」
その叫びに反応した魔獣が襲い掛かって来る。
俺は複数の敵にはほとんど対応ができないので、ブルガーに狙いを定める。
「グーデ、リエール! 魔獣を任せていいか!?」
「ああ、ユタカはさっさとその男を捕らえろ」
双子は素早い動きで魔獣から距離を取り、舞を踊るように魔方陣を二人で空に描いていく。
見惚れている場合じゃないので、俺は魔剣を構えようとした。
「いい物を持っているね」
そう言うだけでブルガーは腕を組み、ただこちらを見ているだけだ。
戦闘という空気を全く感じない。
まるでここで誰かと待ち合わせでもしているのかと言いたくなるくらいの落ち着きっぷりだ。
「構えなくていいのかよ」
「悪魔が戦闘を得意としていないのは知っているだろう」
「それでよくあんな大口を叩けたな」
俺は瞬時にブルガー背後に移動し、剣を首に当てた。
それでもブルガーは動かない。
無抵抗の相手は精神的にやり辛いな。
「どうしたんだい? そのまま剣を引けば俺の首を落とせるのに」
その通りだが、そんな事したくはない。
俺はブルガーを殺したいわけじゃないんだ。
「クラウンを助けに来ただけで、お前が大人しく解放してくれたらそれが一番なんだよ」
「そう」
ブルガーは俺の方に顔を向ける。
その動きで自らの首に刃が食い込んでいるのも構わずにだ。
ブシッっと血液の噴き出す音がした。
「嘘だろ!?」
「こら、離さないで」
子供をたしなめるみたいな柔らかい声なのに、凄い力で俺の腕を掴み、更に刃を深く食い込ませていく。
「君は、殺すことに慣れていないだろう」
ギクリとした。変な汗が滲む。
「このまま俺を殺したら、クラウンはきっと君達につかなくなる。俺は別にそれでもいいんだ。そうすればクラウンに俺の事を心の傷として永遠に残せるんだからね」
そんな事させないと心では思っているのに、魔剣は微動だにしない。
何故か全く動かせないのだ。
せめて何か言わなければと、俺に焦りが襲う。
「好きなら一緒にいないと駄目だろ……」
結局そう言うのが精一杯だった。
「それを邪魔しようとしている君が言うのか」
「クラウンの意思を無視してまで閉じ込める必要なんてないだろ!?」
「君だって、愛する者の心を無視してでも手に入れたい気持ちがあるじゃないか」
ブルガーが、まるで俺の全てを知っているかのように断言した。
確かに、過去にはそういう欲望があったかもしれない。
でも、俺は間違わなくて済んだ。
「そうだな、でも俺は心も手に入れたからお前とは違う」
そう余裕ぶってみたものの、まだ変な汗は止まってない。
ブルガーの首から溢れる血はどんどん流れているからだ。
いつ死んでもおかしくない。
「動けよ、魔剣! こいつが死ぬ前に!」
俺が全く剣を動かせないなんて事あるのか。
こんなことなら魔剣を使わずに、腹パンで気絶させておけば良かった。
魔剣は出発前はあんなにやる気満々だったくせに、いったいどうなってんだ。
「魔剣、なんで動いてくれないんだよ!」
「なんでだろうね」
ブルガーは刃から首を引いてくれた。
俺は回復魔法が使えないから全然安心できないけど。
そう思っていたら、魔剣から紫の靄が出てブルガーの傷を癒し、首の傷は完全に消えていた。
そして、何故か魔剣はスルリと俺の手から逃げ出し、ブルガーの手に収まった。
「え」
「驚いた?」
「ちょ、俺の魔剣」
「残念、これは君のじゃない」
クスクスと笑うブルガーは、魔剣をこちらに向けた。
あっと思う間もなく、魔剣が伸びて俺の右肩を貫いていた。
「ぐぁ!?」
「戦闘中に油断しちゃいけないよ」
正直、油断はしていたものの、避けられない速さではなかったはずだ。
それなのに動けなかった。
まるで攻撃を受けるのが当然みたいに。
ブルガーはゆっくりと目を閉じた。
そして次に目を開くと、目の色が紫に変化していた。
今までは緑色だったのに。
そう思っていると、ブルガーが口を開いた。
『ありがとう、ユタカ君、今まで育ててくれて』
ブルガーが喋ったはずなのに声が違う。
それは今まで聞いていたブルガーの爽やかさのある青年らしい声ではなく、野太い、貫禄のある声だった。




