九話 勇者ユタカはツンな魔王様を堪能する
「魔王、僕はわかる?」
俺の様子を見ていたフランセーズがリズ様に質問する。
一応攻撃されてもいいようにしっかり防御体勢だ。
「私が人間を知るとでも思っているのか、気安く話しかけるな」
「ふふふ」
フランセーズも嬉しそうに笑って距離を取る。
デュラムも同じくリズ様に問い掛けた。
「俺は俺は!?」
「知らん! 何なんださっきから貴様らは! 消えろ、直ぐにだ」
俺達三人は魔力で攻撃されたけど、威嚇程度だったから簡単に避けられた。
そりゃいきなり、三人続けて訳のわからない質問をされたら怒るのは仕方ない。
「満足した」
デュラムもニヤニヤしながらフランセーズの隣へ行って傍観モードだ。
俺達は、リズ様が操られて敵になった現状に焦ってはいない。
それでも俺以外にリズ様に対処できる存在がいないのは確かだ。
二人が下がってくれるのは正しい判断だと思う。
悪魔自身が強くないというのは本当らしく、クラウンを守るように双子は両サイドを固めて魔法壁を張っているのがわかる。
リズ様を元に戻す方法を聞き出すにせよ、とりあえずリズ様を無力化しない限り、双子とクラウンに近付くのも難しいだろう。
「さあ魔王、勇者をその手で消してしまえ!」
双子がリズ様に命令する。
ユラリと殺意の篭った瞳でこちらを睨みつけるリズ様。
普段の紫と赤が揺れる瞳ではなく、赤一色なのが、リズ様が正常ではないことを実感させる。
「良かろう、最強の魔王であるこの私が直々に勇者を消してくれる」
ここ一番のリズ様の魔王っぽい台詞が聞けて、俺は妙な満足感を得ていた。
「魔王、その台詞なんか雑魚っぽいよ」
「フランセーズ、言ってやんなよ」
外野が正直過ぎる。ちょっと静かにしてて。
フランセーズとデュラムのやり取りを聞いたリズ様の眉が跳ね上がり、苛立ちが顔に出ている。
「なんだと……?」
この短気な感じが魔物に寄っているという証拠かも。
記憶操作の影響なのか、リズ様自身の温厚さはほとんど無くなっている。
普段のリズ様だったら拗ねる事はあっても怒らないしな。
これはこれでツンデレみたいで新たな魅力だけど。
「雑魚は言い過ぎかもしれませんが……まあ実際、魔王様は俺には勝てませんよ」
俺はキッパリと言い切った。
今のリズ様はクラウンの妙な力で操られ、記憶喪失っぽくなっているせいで、自分が神の力を持っている事すらわからないはずだ。
ただの魔物になったリズ様に負けるとは思えない。
「ハッハッハッハ! 人間がここまで私を恐れないとはな。その口を二度と開かないようにして、私を愚弄した事、後悔させてやろう」
禍々しい黒と紫色の靄がリズ様から勢いよく溢れ出す。
魔王らしさが出ているものの、一切そこに神の力である金色がない。想像通りだ。
俺との結婚で魔力を共有している事も忘れているのであれば、俺がリズ様の魔力も使ってしまえば、リズ様は本来の力すら出せない。
弱体化しまくりである。
「勇者ユタカが予言しましょう」
「予言だと?」
俺は人差し指を立てて見せる。突然の俺の発言に虚を突かれたのか、リズ様の動きが少し止まる。
「魔王様は俺に惚れます。覚悟してください」
俺はそうハッキリと宣言し、黒い勇者の鎧を身に纏う。
拳に神の力を集め、全身にも金色のオーラを巡らせる。
「はあ? 惚れるだと? お前が私よりも強者であると、そう言うのか。笑えぬ冗談だな」
リズ様はこめかみに血管が浮き出るほど苛立っている。
野性味があってカッコイイですね。
「冗談だと思うならちゃんと笑ってくださいよ、俺の魔力にビビったんですか?」
俺はリズ様を逆なでするように軽口を叩く。
リズ様を守るための力。本来はあなたに使うものではありませんが、リズ様は本当は最強を覆される事を望んでいた。
自分よりも強い存在に本気で喜んでいた。だから俺は躊躇わない。
俺が決意した瞬間に全てが終わっていた。
「は……?」
誰も見えなかっただろう。
既に俺はリズ様の背後を取り、両腕を後ろでまとめあげ、空いた手でリズ様の首を掴んでいる。
「どうです、外せますか? このまま俺が手に力を入れたら魔王様の喉は潰れるでしょうね」
「な、んで……人間に私が!?」
いつものリズ様なら、笑って俺が強いって認めてくれるんだけどなぁ。
このリズ様はイジメたくなっちゃうタイプだ。
「人間からのお情けで離してあげましょうか」
そう耳元で囁いて、俺はリズ様を解放した。
慌てて俺から離れたリズ様は耳まで赤い。心なしか動きもぎこちない気がする。
「魔王様、顔が赤いですよ。怒りによる興奮ですか? それとも発情──」
「き、貴様……!!」
図星だったのかリズ様は瞬間移動で俺に爪で斬りかかるが、殺気が強すぎる。
軌道まで事前にわかってしまうレベルだ。
こんなの俺じゃなくても勇者なら最小限の動きで避けられる。
戦闘において冷静さがどれだけ大切なのかがよくわかった。
「そんなに興奮してたら当たるものも当たりませんよ」
斬り付けようとする攻撃の中で、俺はまるでダンスにでも誘うように、リズ様の手を取り自然に手の甲へキスした。
「嘘だ、そんなことが……!?」
驚愕して手を払おうとするリズ様を逃がす筈もなく、俺は胸に引き寄せ抱きしめる。両手首を片手で掴み拘束し、自由を奪った。
「何故だ、何故魔王であるこの私が何もできない、おかしいではないか!?」
「もう抵抗しないんですか?」
「五月蝿い! くっ……殺せ! これ以上恥の上塗りはせぬ!」
これは……山里から借りたエロ漫画で見た『くっころ』では?
どうしよう、好きな人に言われちゃったよ。
そもそもリズ様に嫌がられる事自体が伴侶になった今では経験出来ない事なのだ。
率直に言って、今の俺はとても興奮していた。
「ちょっと森に行って来る」
「行ってらっしゃい」
周りからすれば突拍子もない結論を口に出すと、俺の考えがわかったのかフランセーズとデュラムは生暖かい目をして見送ってくれた。
向かう前に、孤児院にグリがいる事を二人に小声で伝えた。
『もし、話し合いが出来そうだったら、双子にグリを引き合わせてやってくれ』と、言うと頷いてくれた。
双子にとって切り札だったであろう、魔王様けしかけ同士討ち大作戦が失敗した今、話し合いができる可能性は高いはずだ。
俺はリズ様を連れて人気のない森でしばらく“愛ある時間”を過ごし、無事に正気に戻す事が出来たのだった。




