十話 ユタカはイーグルの事情を聞く
魔界一日目から、とても慌ただしかったな。
若干、リズ様は不幸体質なのでは、と思ったりもする。
神時代から色々あって、魔王としてもよく狙われて、俺に付き纏われて。
いや、でも俺はリズ様を幸せにするからノーカンで。
少し夜風にあたりたくて、ベッドを抜け出す。
地球で言うなら今は丑三つ時くらいだ。
気配を消して動いたのでリズ様は起きてない。良かった。
窓を開けると、月ではなさそうな明るい星が夜空を照らしている。
青い光がとても綺麗だ。
「キーィ」
「ん?」
か細い鳴き声が聞こえる。
窓の下を見ると、こちらを見上げているグリがいた。
家の中におらず、外にいるとはどういうことだろう。
「キィ」
「あ、待てまて、俺も行く」
ゆっくり歩き出したグリは、ついて来いと言っているようだ。
急いでお泊りセットの中からジャージ一式を出して着替えた。
「ん……ユタカ?」
「起こしましたか、すみません! ちょっとグリが呼んでるみたいなので出てきます、リズ様は寝ててください」
「そんな寂しい事を言うな」
リズ様はそう軽く笑いながら、ベッドから体を起こす。
すぐに髪を高い位置で束ね、シャツとカーディガン、ジーンズを身に着けた。
俺なりの気遣いというか、体調大丈夫かなとか、色々あったけど全く問題なさそうなので何も言うことはない。
リズ様を最強の魔王ということを忘れていたつもりはないが、なんか心配しちゃうのは許して欲しい。
「で、グリはどっちに?」
「右手側ですね」
「温泉の方だな」
実はまだ温泉には行けてない。そんな余裕はなかった。
いっそ今から入りたい気分だ。
「ついでだ、グリの用件が終わったら温泉に浸かっていこう」
リズ様も同じ事を思ったらしい。
ある程度拭いたとは言え、ちゃんと綺麗にしたいですよね。
「楽しみです」
「ふふ、一日で凄い変化だな」
つい半日前は頑なに別行動を申し出ていたけど、まあ、今は余裕が違いますよ。
「お背中流しましょうか」
「ふはっ! ではお願いしよう」
でも、触ってたら変な気は起きそう。
なんて思いながらリズ様の目を見たら、それすらわかって笑っているのだと伝わってきた。
うーん、やはり俺の余裕なんてまだまだリズ様の大人の余裕に勝てそうにない。
◇◇◇
「キュイ」
グリの示す方を見ると、知った姿があった。
「イーグル!?」
「うおっ……なんだ、ユタカかよ」
明らかに元気がない。声に覇気がゼロだ。
温泉に入り、膝を抱えてボケーっとしていて、普段の快活さが完全に失われている。
「何かあった割には元気そうではないかイーグル」
さっさと服を脱いだリズ様が、少しずつ湯を浴びて熱さに体を慣らしながらイーグルに声をかけた。
俺も倣って同じようにしてみる。結構お湯は熱かったので時間をかける。
「うるせーよ……静かだったのになんでお前らがいる」
「すぐそこが私の家なのだ。むしろ何故イーグルが魔界に戻ってきたのかを聞きたいものだな」
確かに。どこかに移動したのに戻って来る必要があったのだろうか。
「気がついたら、ここにいた」
「ほう、ではあのファムエールとかいう天使に負けたか」
「負けてねーよ!!」
ようやくいつもの調子だが、イーグルはそれ以上の言葉が続かず、押し黙ってしまう。
「負けた訳でもないのに意識がなくなると?」
「そもそも戦ってねーからな! 勝負は始まってなかった!」
ほうほう、勝負してないから負けてないと。
負けず嫌いか!
状況だけ見れば完全に負けているぞイーグル。
ふとイーグルの視線を感じ、目が合う。
「ユタカ、お前は天使と戦ったか?」
「うん。殴った事に気付かれない速度で先にワンパン入れて終わらせた」
「はぁ~、それでか……」
イーグルが頭を抱えて唸っている。
「あいつら天使は情報が少ねーから……それで完全に油断した」
ぽつりぽつりとイーグルが話した内容によると、天使は強力なデバフで相手を弱らせるのが得意なのだそうだ。
条件は相手に触れること。
ファムエールが礼儀正しいのもあって、勝負の前に握手を求められ、つい応えてしまったイーグル。
その瞬間に何もわからないまま膝を着いていたらしく、それ以降の事は何も言いたくないそうだ。
まあ、ファムエールの態度とイーグルの反応で大体何があったかは想像がつくよ。ご愁傷様。
リズ様はそんなイーグルを鼻で笑った。
「ふん、魔神は勝負というものをスポーツ感覚に捉えている。いつ始まってもおかしくない命のやり取りである事を忘れた者はこんなにも弱い。情報が足りない相手ほど警戒せねばならないのに、何を甘いことを言っているのか」
イーグルはぐうの音も出ないようで歯を食いしばってリズ様を睨んでいる。
まあ、イーグルは肉弾戦の方が好きだし、握手がなくてもいずれそうなってたと思う。
天使が遠距離魔法をよく使っていたのは、懐に潜り込ませるための撒き餌なのかもしれない。
戦いで強大な力を振るうだけじゃなく、頭も使わないと負けるって事を身をもって理解できて良かったとも言えるんじゃないかな。無傷だし。
「でもほら、ファムエールって優しそうだったし、勉強代としては安かったんじゃないか?」
俺があんまりフォローになってないかもしれない慰めを口にすると、イーグルの体が震えた。
「やさ……やさしい、だと……?」
「ごめん」
イーグルの絶望を含んだ声と、沢山ある他の目が涙を浮かべていたのを見て、俺は反射的に謝っていた。




