六話 魔王リスドォルは知りたい
私は現魔王、リスドォル。
仕事が終わって勇者に倒されてさっさと魔界に帰りたいだけなのだが、既に二人の勇者が使命を放棄している。
一人はこの世界に興味がなく、私に恋慕の情を抱いたとかで、倒すどころか勝手に騎士となった。
もう一人は、想定外の真面目さで、事情を話した途端、私ではなく神を倒すと方向転換してしまった。
そもそも魔王というのは、神からの依頼があった時点で最も力の強い者が選ばれる。
力というのは人間と違い、ほとんど努力でどうにかなるものではなく、生まれた時から能力は決まっている。
しかし魔物は他者への干渉を好まないため、基本的に争いが起きることがない。
今回のように外部からの依頼くらいでしか、その実力を活用する事がほとんどないのだ。
だから魔界には王政がないし、魔王なんて派遣先での通称でしかない。
特典として、魔王になった者は次の魔王が現れるまでの間、魔界の廃城に無償で住めるから家のない者には悪い話ではない。
粗末な小屋で薬草や野菜を育てて暮らしていた私は、魔界の城の生活を楽しみにしていた。
だが、この世界でも同じように城が与えられている。
運が悪い時は洞窟の奥とか、地下の奥底だったりするから、今回の派遣先はとても運が良かったのだ。
魔界の城が今住んでいる城よりも大きいのかも実は知らない。
もしかしたら、このままこの世界で暮らすのも悪くないのでは、と思い始めていた。
「それも悪くないか……?」
付き纏われ過ぎて、すぐにユタカの存在が脳裏に浮かぶ。
残るなんて言ったらどんな反応をするだろうか。
魔物は長命のため、人間のような色恋といったものに触れることが少ない。そもそも魔界が広すぎるため、出会いが無いのだ。
私はかれこれ三百五十年、好意を抱いたことも抱かれたこともなかった。
繁殖相手として求められる事はあっても、そこに人間のような恋愛感情というものは存在しない。
だからユタカの言動にどう対処すべきかわからないのだ。
わからないから恐ろしい。
「ユタカ」
「はい」
黒の鎧を纏い、側で控えているユタカに声をかける。
「お前の世界では好いた相手と何をするのだ」
「え、っと……デートしたり、会えない時は連絡を取り合ったり、ですかね」
「デート?」
「好きな相手と遊びに行くことです」
そういえば私はこの世界に来て最初の襲撃以降、城から一歩も出ていなかったな。
遊びに行くという発想はなかなか悪くない。
「フランセーズはどうだ」
反対側に控えている、ユタカと対になるようデザインした白い鎧の主にも問い掛ける。
「僕の場合、王族で基本は政略結婚だから……好いた相手というものにあまりピンとこないかな」
「うっそ!? お前婚約者のこと好きじゃねーのかよ!」
「ユタカ、私を挟んで大声で話すなうるさい」
急に興奮し出すユタカに注意すると、すぐに静かになった。
フランセーズが少し考えてから答えを出す。
「国が滅んで、政略にならなくなった婚約をまだ続けてくれているという点に、僕は愛情を感じているよ。それに報いたいと思っている僕の気持ちも愛情ではないだろうか」
「難しくてよくわかんねーけど、魔王様狙いじゃないならいい」
世界が違えば愛情の形も違うというのは面白い。
私も少しは勉強しなければいけない。
「興味深い情報だった。ではユタカ。明日にでもデートをしてみるか」
「ホァア!?」
「お前の気持ちを断るにしても、説得できるだけの情報や信念が必要となるだろう」
「断る前提なのはやめて欲しいですけど、すぐに得た情報で行動できる魔王様好きです愛してます」
デートプラン考えてきますという言葉を残して、ユタカは物凄い速さで自室へ向かった。
「魔界ではどうなんだい、魔王」
私だけ話していないのが気になったのか、フランセーズが聞いてくる。
「繁殖の時だけ相手を見繕う」
「動物的だね」
「その通りだが、魔物も種類が多いからな。人に近い姿の私は、恐らく人と近い感情を持ち合わせている」
だから、知りたいと思っている。
恋慕の情や、相手の行動で不安になったり、喜んだりするユタカに少しだけ憧れているのだ。