二話 ユタカの魔界訪問
「うわぁ、森だー!」
魔界に来た。
俺の貧弱な魔界のイメージは、暗くて黒くて紫色の沼があって、空も変な色で悪魔みたいな羽のある生き物が飛び交う、そんな世界だ。
実際は、とにかく森が多い。
地球よりも植物の色は多彩だけど、緑色が基本なので緑の世界と呼んでもいい。
リズ様が植物を好む理由がわかる気がする。
魔法で上空にいる俺から見えるのは、森と、山と、川。そして大きな城。
ほとんど木々で隠れていて土の色は確認できない。
これは確かに魔物が見付かりにくいだろう。
しかも、木の種類によって、付近の魔力を掻き消したり、歪めたり、様々な効果を持っているようで、魔力を上空から探知するのが困難なのだそうだ。
よっぽど魔力の操作が上手くて、細かく木をかい潜って探せるなら別みたいだけど、それは神レベルの能力とのこと。
俺もリズ様もできるかもしれないが、恐ろしく精神も体力も使うのでやりたいとは思わない。
基本的には木が直接生えていない水辺にいる魔物くらいしか探知できないのだが、見付かるとわかって水辺にいる魔物はとんでもなく強い。
一人で水辺に近付くなとリズ様に言われたので、心に刻んでおいた。
「あのお城ってリズ様の所有になったものですよね」
「ああ。後ほど足を運んでみよう。私も初めて行くからな」
リズ様が神の記憶を取り戻したお陰で魔界の歴史を知ることになった。
昔の魔界には本当の魔王が存在しており、魔王城で暮らしていたのだ。
その名残があの大きな城らしい。
なんと、魔王が君臨していた時代は俺のイメージそのままの魔界で、土地は荒れ果て、奪い、殺し合う世界だった。
何故魔界がこんなに変化したかというと、リズ様が原因らしい。
グリストミルに魔界へ堕とされた時、リズ様は粉々に砕かれており、姿を留めていなかった。
魔界にリズ様の神の力が降り注ぐ結果となり、リズ様の平和主義な性質に魔界全体が塗り替えられたそうだ。
リズ様が堕ちてからというもの、魔界の評判はとても良くなった。
神からも優遇される程なのだから恐ろしい影響力である。
「ユタカ、あそこが私の棲み家だ」
リズ様が示した先は一見して何の変哲もない森だが、よく見ると薄い膜のようなものが広範囲に張られている。
「膜のようなものが見えます」
「あの結界は私にしか見えないのだが、やはりユタカには見えるのだな」
結婚してますもんね。魔力共有しちゃってますもんね。
ニヤニヤしていると、リズ様が膜の範囲へ降りていく。俺もそれに続いた。
魔法が普通に使えるようになって自力で飛べるので、リズ様と密着できる機会が減って少し寂しい。
枝葉の隙間を抜けて地面に降り立つと、眼前には大木があった。
樹齢何万年でこうなるんだろうという太さだ。リズ様曰く魔界ではそんなに珍しくないらしい。
その大木をくり抜いたのがリズ様の家らしく、扉や窓が付いている。
「ファンタジーで見るやつ!」
「地球の知識を得てようやくユタカの反応が理解できるようになった」
「エルフとか住んでますよ絶対」
「残念ながら魔界にはいないな」
そう話しながらリズ様が扉を開ける。
ごつごつとした壁。床は綺麗に木の板が敷き詰められている。
なるべく自然な形を残しつつも、生活しやすいように整えられていて、とても暮らしやすそうだ。
一階はリビング、二階は書斎や研究室、三階は寝室となっている。
「リズ様、お風呂はありますか?」
「すぐ近くに温泉がある」
「温泉!」
天然の温泉に毎日入れるとは最高じゃないか?
「移動で疲れただろう。共に入るか」
「ふぁ!?」
ちょっと待って、展開が早過ぎる。
彼氏の家に招待されて即お風呂とか、期待するなって方が無理な話では。
こんな明るいうちに、いいのだろうか。
明るいも暗いもあるか、結婚してるんだぞ、うん、いいに決まってる。
「日本には裸の付き合いというものがあるのだろう?」
「あーははは……はい、そうですよね……」
リズ様が地球の勉強をしてから、知識は増えても感覚がズレているのは変わらないんだった。
意識しているのは俺だけだ。種族の違いもあるから仕方ないけど。
「どうした、ユタカ」
「いえ、あの、俺達結婚してますよね」
「ああ」
「そんな二人がですよ、裸でいたらどうなります?」
リズ様は知識を探るように目を閉じる。
少し眉間にしわが寄り、深い溜め息をついた。
「発情するということか」
「言い方はあれですけど合ってます」
俺の事を、リズ様がそういう意味で全く意識していない事はわかっていたはずなのに、つい期待してしまう。
だから無自覚に際どい誘いが来ると困るのだ。
過ちを犯さないためにも涙を飲んで辞退しなければ。
「そういう事なので、一人で入りますから……」
「何が問題なのだ」
「えっ」
問題しかないと思うのですが。
「お前も言ったであろう、私達は結婚しているのだ。私の理解が及んでいなかったのは確かだが、共に入らない理由はどこにもないだろう」
少し不機嫌なリズ様が怒ったように言う。
いや、これは拗ねている?
「リズ様、何ムキになっているんですか」
「ユタカが私の事を性に疎いと決めつけているからだ」
それは否定しないが、俺だけが盛り上がってしまうのを避けたいだけなのだ。
「リズ様は優しいから、俺がしたいって言えば受け入れてくれるでしょう。でもそれは違うと思うので」
「何が違う」
「だって、リズ様は俺の事ただの子供で、男だとも思ってないでしょう!? もっとカッコイイとか、男らしいとか意識して欲しいなって思っちゃうんです!」
こんな事言っちゃう時点で子供っぽいのもわかってるんだけどさ!
「……思っている」
「え?」
「だから……ちゃんと、そう思っていると言ったのだ」
言いにくそうに告げたリズ様の頬が色付いている。
恥ずかしかったのか、俺と視線を合わさずに横を向いてしまった。
どうしよう、これ、マジなやつかもしれない。
無意識に俺は唾を飲んだ。




