五話 元王子フランセーズの提案
初めまして。僕はフランセーズ。
二十二歳。元王子で、勇者でした。
勇者として魔王討伐を使命とし、魔王城へ向かい、返り討ちにされました。
魔王ではなく、元勇者であるユタカに。
ユタカはまだ十七歳だそうです。
魔王より背が低いですが、僕よりは高いので少し悔しいですね。
まだまだ伸び盛りだから、きっといつかは魔王を追い越すでしょう。
ユタカが隠れて牛乳や山羊乳を毎日飲んでいると知った時には笑ってしまいました。
そんなユタカは、異世界の住民だったそうで、強さが型破りです。
僕が城で学んだ剣技は、競技にとっての技でしかなかったようで、剣と剣で語り合うだけが勝負ではないと痛感しました。
剣を持っているからと完全に油断した僕は、ユタカの蹴り一つで倒れてしまいました。
それなのにユタカはとても謙虚で、僕の方が凄いと褒めるので面映ゆいですね。
心身共に、僕にはまだまだ鍛練が必要だと見せつけられたのです。
常に中立で、感情で正義を決めつけない所が、勇者として必要なのだろうと納得しました。
そんな彼が勇者をやめるだけの理由がこの世界にあったと知った時は、とても驚きました。
魔王ではなく、神が黒幕だった時の衝撃といったら、僕の世界がまるごとひっくり返るかのようでした。
神は見守るだけで救うことがない事くらいは知っていましたが、まさか人を害することには積極的だったとは。
僕は神を敵だと定め、魔王と和解を望みました。
魔王は魔界に帰りたいから遠慮なく断罪してくれと懇願してきましたが、僕の罪悪感を拭うための嘘なのだと思います。
しかも行く当てのない僕を城に住まわせてくれました。
なんて心優しいのでしょう。
騎士となって仕えているユタカの気持ちがわかりました。
「ユタカが黒騎士なら、僕は白騎士となろうと思う」
「へ?」
気の抜けた声を出したユタカは、飲んでいた紅茶を口の端から零しています。
最初は、敵であった僕が共に城で暮らすことに難色を示していたユタカでしたが、最近では警戒を解いてくれています。
僕に婚約者がいると知ってから優しくなった気がしますね。とてもわかりやすいです。
「見たところユタカは肉弾戦が得意なようだから、それを補える立ち位置になろうかと思ってね」
「いや、別に得意じゃねーし。それに単純に武器を使う技術がないから使いたくても使えないだけだってば」
あいもかわらず謙虚ですね。
存分にユタカの能力を発揮できるよう、僕は補助にまわれたらと考えたのです。
回復に徹してもいい、遠距離からの援護でもいい。
あれで身体強化は使っていないらしいので、身体強化を付与したらどうなるのでしょう。
恐ろしいような、楽しみなような、不思議な高揚感です。
「それに補助は戦闘だけじゃない。僕もこの城で役に立ちたいんだよ」
「戦闘以外の補助?」
「僕はユタカよりもこの世界に詳しい。神について調べたり、魔界への出入りの方法を探るつもりだよ」
「大親友、お前は最高だよフランセーズ」
ガッと勢いよく両手を握られて驚きました。
王子であった時は、誰もこんなに気軽に触れ合ってはくれなかった。
誰も友になってくれようとしなかった。
一人になってからも、慣れない野宿や狩りで生きるのに必死で、常に危険に震えて孤独だった。
ユタカは無意識に僕を癒してくれるのです。
そんな僕の考えを遮るように、ユタカが叫びました。
「それにさ、黒と白の鎧が玉座を囲むのってなんかカッコイイよな!」
「魔王の威厳を更に引き立たせることができるだろうね」
「テンション上がってきたわ、魔王様のところ行こうぜ!」
「うん」
こういう所はまだまだ幼さを感じて微笑ましくなりますね。
そういう僕も、ついつい一緒にはしゃいでしまっているのですが。
「魔王様! フランセーズにも鎧を! 白くてカッコイイやつがいいです!」
この時間は魔王はいつも玉座でうたた寝しています。
遠慮なく大声で玉座の間に入っていくユタカと、少しだけ眠そうな魔王が睨んできます。
「なんの話だ」
「フランセーズと白黒で対になる騎士になろうって話してたんですよ」
「フランセーズが?」
魔王は意外そうにこちらを見ました。
「僕だって仲間になったんだ。戦力くらいにはなるさ」
「戦力はいらないとわかっていてそう言うのか……」
魔王からしたら魔界に帰るハードルが上がってしまいますからね。難色を示すのは当然です。
「まあ待ちなよ。僕がいると良い事もある」
「聞こう」
「ユタカが変な気を起こして魔王を襲ったりしないように見張れる」
ユタカが魔王に恋愛感情を持っているのは見ていてわかります。そして、なかなか危うい劣情に振り回されているのも伝わってきます。
うたた寝している魔王にキスしようとしたり、無意識に体に触ってしまいそうになっている所を、一緒に暮らしはじめてから頻繁に見ていました。
いつか過ちが起きる可能性が否定できないと僕は思っています。その上での提案でした。
「なるほど」
その納得の声は、魔王ではなくユタカでした。
「魔王様の近くに立ってると良い香りがして、たまに自分でも何しでかすか不安になるんだよなぁ」
うんうんと一人でユタカは頷いていますが、魔王は目を見開いて固まっています。
僕が魔王を見て微笑むと、大きく溜め息をついてから指を動かし、ユタカと似た形の細身の白を基調とした鎧を纏わせてくれたのでした。
まだ十日ほどの付き合いですが、だいぶ僕も魔王城の雰囲気がわかり、とても楽しく過ごしています。